40.これからの二人
その後、私たちは謁見の間を出てそれぞれの持ち場に戻るため、ルディさんとは途中で別れることになった。
「……それじゃあ、ユリア。今日も仕事が済んだらすぐ迎えに行くから」
「はい、お待ちしております」
ずっと繋がれていた手が名残惜しげに離れていき、ルディさんはローベルト様に目配せを送ると、背中を向けて騎士団の棟へと歩いていった。
旦那様になるお相手のたくましい背中をぼんやりと見送っていると、フリッツさんがニヤ、と音を立てたような笑みを浮かべた。
「おめでとう、ユリア。これで堂々と団長さんの婚約者として隣にいられるね。まぁ、これまでだってそうしてよかったと思うけど」
「……はい、ありがとうございます」
私がルディさんに釣り合っていないのを気にしていると知っていたフリッツさんは、とても嬉しそうに見える。
「あとは、私も正式に魔導師団の一員になれるよう頑張らないと!」
私のそんな言葉に、二人はきょとんとして足を止めた。
「え、ユリア何言ってるの?」
「……?」
顔をしかめるフリッツさんに、私も歩みを止める。
「ああ……それは私のせいだな。……そうか、言ってなかったか」
「しっかりしてくださいよ、師団長!」
「……?」
「悪かった。ユリアーネ、君はもうとっくに魔導師団員の一員だよ?」
「え?」
でも、正式に魔導師団に入団するためには、きっと試験があるはず。
まさか、師団長様の推薦があれば試験は免除とか……?
「逆に、君はなんだと思っていたんだ?」
「……魔導師見習いというか、ローベルト様のおかげで仮の籍をいただけているだけだと……」
「あんな活躍をする者が、見習いのはずないだろう? まぁ、私の言葉が足りなかったんだな。いや、すまなかった。……だが、ルディと結婚するならば魔導師団を抜けて家に入ることもできるが、どうする?」
それは、考えていなかった。
そうか……。確かに結婚すれば家で夫を支えていく、ということもできる。
ルディさんは、そうしてほしいかしら……。
彼がこの場にいたらなんと言うだろう。それを想像して、私は答えた。
「私は、これからも魔導師団で皆さんのお役に立ちたいです!」
「うん、わかった。ルディもきっとそう言うだろうな」
ローベルト様も、どうやら考えは一緒だったようだ。
こうして私は正式に宮廷魔導師団に入ることができた。
*
「…………あの」
「ん? どうしたの?」
その日の帰り。
約束通り……というか、いつもよりも早く迎えに来てくれたルディさんと、こうして馬車に乗って屋敷へ帰っていた。
けれど、いつもは向かい合わせに座るルディさんが、なぜか今日は私の隣に座った。
それもとても距離が近い。
膝や腕が触れ合っているし、そもそもずっと手が握られたまま。
しかも指と指が絡められていて、どうしても落ち着かない。
「もう少し離れませんか? せっかくこんなにゆったりとしているのですから……」
ヴァイゲル家の馬車は豪華で座り心地もとてもよく、並んで座ってもこんなにきつくならないほど余裕があるはずなのに。
「……どうして? 俺に触れるのは嫌?」
「嫌ではありません……! ですが、その……、恥ずかしいので……」
相変わらず綺麗なお顔を少し悲しそうに歪められ、慌てて否定する。
「じゃあいいよね? 今まで散々我慢してきたんだし。それに家に着いたら家族がいるから、この時間が唯一本当に二人きりになれる俺の至福の時間なんだ」
「……はぁ」
そんなに嬉しそうに言われては、もうだめとは言えませんね。
「……ユリア」
「はい?」
「もう一度聞いてもいいかな」
「……はい」
何をだろうかとルディさんを見上げると、彼はほんの少し頬を染めて、身体をこちらに向けた。
「俺と結婚してくれる?」
「……はい、しますよ」
「……俺のこと、どう思ってる?」
「…………」
もう、騎士団長様のお顔ではない。
私にだけ見せてくれる、ルディさんの顔だ。
「好きです。とても。心からお慕いしております」
「ああ……っ、ユリア!」
素直に答えると、ルディさんはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。
こんなに無邪気に笑う顔は、私の前でも珍しくて胸がきゅんと締めつけられる。
「俺も愛しているよ、大好き。もう絶対に離してあげないから、覚悟してね?」
「……はい、承知しております」
ぎゅっとルディさんの腕が絡みついてきて、私もお応えするようにそっと彼の背中に腕を回す。
「……口づけてもいい?」
「…………」
だめと言えないとわかっていながら聞いてくるルディさんに、「いいですよ」と言うのも恥ずかしくて、言葉を噤んでしまう。
「……だめ?」
「…………もう、聞かないでください」
「いいって言われたかったんだけどね」
ふっと小さく笑っているルディさんの顔は、少し意地悪だ。
「覚悟してと、言ったばかりだよ?」
「……お手柔らかに、お願いします」
「ユリアが可愛すぎて、無理だ」
「……――!」
ルディさんのその言葉を最後に、私の返事は彼の唇に飲み込まれた。
そういえばこの人は、とても甘い文章を書く人だった……。
これからどんな夫婦生活が待っているのかと、大きな期待と少しの不安を抱きながら、彼の甘い口づけに必死でお応えした。
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次回から番外編としてルディ視点をえがきます。まだまだお付き合いいただけると嬉しいですm(_ _)m