38.父が遺したもの
王都に戻った私たちは、今日もいつも通りの生活を送るはずだった。
魔導師団の団員には、一緒に討伐に出た仲間から話を聞いたらしく「大活躍だったんだって? すごいな!」と囃し立てられたけど、すごかったのは騎士団の皆さんだ。
鍛え抜かれたその身体で剣を振るい、魔物を倒す騎士団の方々は、とても格好よかった。
……もちろん、特にルディさんが。
私にはとても真似できそうもないけれど、少しでもそのアシストを行えたのならよかった。
そんなふうに思って過ごしていたら、ローベルト師団長に、フリッツさんと私が呼び出された。
どうやら、国王がお呼びとのことだった。
今回の討伐で活躍したルディさんやフリッツさんが呼ばれるのはわかるけど、下っ端の下っ端である私まで一緒とは、どうしてだろうか……。
「――此度の活躍、誠に大儀であった。特にルディアルト団長とフリッツ副師団長の活躍は見事である。第三騎士団と魔導師団には働きに見合った報酬を出そう」
謁見の間にて、私はローベルト様、フリッツさん、そしてルディさんとともに国王の前で頭を下げた。
魔導師団長、副師団長、騎士団長。と並ぶ中に、私がいるのはやはりおかしい。
場違いである気さえして、どうも居心地が悪いというか、恐れ多いというか……。
それなのに、顔を上げるよう言われて視線を前に向けると、何故か国王と目が合った。
「それにユリアーネ。君の活躍もルディアルト団長やノーベルク伯爵から聞いたよ。耐火魔法のおかげで死者が一人も出なかったそうだね」
「恐縮です、陛下。私は魔導師団で身につけた自分の役割を全うしただけです」
私へ言葉が投げかけられ、再び頭を下げる。
「ふむ……。相変わらずだな。しかしその魔法がなければ苦戦を強いられていたことだろう。街への被害も出さずに済んだのだ。ユリアーネ、遠慮はいらん。魔導師団への報酬とは別に、特別報酬を払おう。欲しいものがあれば何なりと申してみよ」
国王からの予期せぬ言葉に、すぐに返事もできずに慌ててしまう。
……欲しいもの。
もし許されるのならば、欲しいものはある。
――けれど。
「……私がこうしてお役に立つことができたのは、ルディアルト団長様や魔導師団の皆様のおかげです。それにヴァイゲル公爵様にも大変お世話になっておりますので、私の望みは皆様にご恩をお返しすることです」
「……なるほど」
私は既に返しきれないほどのものをいただいている。その恩をお返しするのは、当然のこと。
これ以上何かを望むなど、あまりにも恐れ多い。
陛下は、「ふむ……」と唸ると、従者に合図を送った。
「ユリアーネ」
「はい」
そして、従者から受け取った書類のようなものを、私の前に掲げた。
「本来は君が十八歳になり、成人を迎えるその日までは伏せておくつもりであったが――それまであと、ふた月だ。もうよいだろう」
「……?」
紙に書かれている文字を、目を凝らして見つめる。
何が書かれているのかはっきり読めないけれど、一番下に書かれたサインは、遠い昔に見覚えのあるものだった。
「君の父、フィーメル伯爵は病に倒れたが、その命が尽きる前に遺書とこの書類を遺した」
陛下の言葉を、震える手を握りしめてしっかりと聞く。
「妻――君の母には現金などの財産を、娘であるユリアーネには、いずれ成人した際に伯爵位とその領地を引き継げる権利を――と」
「え――」
静かに語られた言葉に、頭の中が一瞬真っ白になった。
「何者にも邪魔されぬよう、フィーメル伯爵は夫人にもこのことを黙っていたようだが、それは正しかっただろう。のちに再婚したあの男がこれを知れば、その領地まで奪っていたかもしれないからな」
財産は、義父に奪われてしまった。私にはもう、何も残っていないのだと思っていた。
「フィーメル領は伯爵が唯一信頼していた代理人が現在管理している。君も幼い頃に会っていただろう、筆頭執事だった者がね」
ああ、そんな……。
幼い頃に亡くした父が、そんなものを私に遺してくれていたなんて――。
私はただ、溢れそうになる涙をぐっと堪え、陛下に深々と頭を下げた。