37.カール・グレルマン
「ユリア」
翌日、王都へ帰るため馬車に荷物を乗せてくれていたルディさんが、何かを決心したように真剣な顔で私を見て口を開いた。
「君が彼から直接謝罪を望むなら、帰る前にその場を設けようと思う」
「……」
グレルマン家とは、私はその後なんのやりとりもしていない。
義父も捕まってしまったし、私はあの家を出たから気にしていなかったけれど、おそらく婚約を解消する手続きも、義父からサインをもらっていたルディさんが行ってくれたのだと思う。
彼は他にも義父との関係を切る手続きなどもしてくれていた。
「いいえ、そんなことは望みません。彼は私には気づいていない様子でしたので、あのまま私のことは忘れて、家族三人で幸せな家庭を築いてくれることを望みます。それが生まれてくる子供のためですから」
「……そうか」
カール・グレルマンの話を聞いたとき、相手の女性のお腹にいるという子供のことだけがとても心配だった。
幸せになれるのだろうか。親の都合で生まれ、不幸になってしまうのではないかと、それだけが気がかりだった。
けれどこの街の傭兵団に入れたのなら、きっと大丈夫ね。
貴族ではなくなっても、新しい幸せを見つけて生きていってほしい。
最初に手紙を書いてくれていたのは、間違いなく彼自身だった。彼は本来、ああいう思いやりがある人間なのだから。
そう思い、馬車へ乗り込もうとしたときだった。
「ルディアルト団長……!」
「……!」
昨日も聞いた男性の声に、私とルディさんは揃ってそちらに顔を向けた。
「おまえ……何をしに来た」
「その……」
ぜぃぜぃと息を切らせながら走ってきたその男性――カールは、ルディさんの隣に立つ私にちらりと視線を向けると、その場で膝をついて深く頭を下げた。
「その節は、本当に申し訳ございませんでした……!!」
「え……っ」
「よせ。あのときの件なら、おまえの処分はもうついている」
……びっくりした。
そうか、彼はルディさんにも迷惑をかける形で王宮から出て行ったから……。
そのことね。
ルディさんに立ち上がるよう促された彼は、もう一度私に視線を向けた。
「本当に、申し訳なかった……です」
「……」
「……もういいんだ。おまえは生まれてくる子供と、この街の人々を守ることだけを考えて生きていけばいい」
「はい……」
背中を丸めて立ち上がる彼の前に、ルディさんは私の視界から遮るようにして立った。
そして、小さく続けた。
「あのときの彼女も、それを望んでいるだろう。彼女はとても素敵な女性だから。悪いと思っているのなら、生まれてくる子供を必ず幸せにしてやってくれ」
その言葉に、カールはばっと顔を上げ、一瞬だけ私を見た後、すぐにルディさんを見上げて唇を震わせた。
「……はいっ、ありがとう……、ございます……っすみませんでした……、本当に、ありがとう……っ、ございます……!!」
とうとう、カールはぼろぼろと涙を流して堰を切ったように何度もその言葉を続けた。
ルディさんはただ黙ってそれを聞き、彼の肩に手を置いた。
それからはもう、彼が私を見ることはなかった。
もしかすると、彼は気づいていたのかもしれない。
ルディさんは言わないだろうから、フリッツさんか誰かが意図せず私の名前を呼んだのを聞いてしまったのか。
それとも耐火魔法を使った女性は誰なのかと、もしかしたら名前が上がってしまったのかもしれない。
どちらにしても、おそらく彼は私に謝るために来たのだろう。
昨日ルディさんに手を引かれて行く姿を見ているから、もしかしたら私たちの関係にも気がついて、あえてこのような形を取ったのかもしれない。
わざわざご丁寧にあのときの話を掘り返す必要はなくても、こうして走って謝りに来てくれたのなら、それだけでもう十分。
それはきっとルディさんも感じているはず。
カールの流す涙を見て、彼はきっと同じ過ちを二度と起こさないだろうと、そう感じた。
……いや、そう願った。