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36.ただのルディ

 結果的に大きな被害を出すことなく無事に炎狐の討伐を終えた私たちは、ノーベルク領主の屋敷へ戻った。


 ルディさんはその後も領主への報告や事後処理などに追われて忙しそうにしていて、話す時間どころか顔を合わせることもできなかった。


 傭兵団の方たちともゆっくり話す機会はなく別れ、私はフリッツさんたち魔導師団員と夕食を済ませ、早めにお風呂に入って部屋で休むことにした。



 けれど初めての討伐に出たためにまだ気持ちが落ち着かないせいか、今日の出来事を色々と思い返してしまうせいか、まだ眠れる気がしなかった。

 だから少し涼みたいと思い、使用人にお断りをして庭に出ようとしていたとき。


「ユリア」


 少し疲れを感じさせる声で私を呼ぶルディさんに、振り返る。


「どこかに行くの?」

「はい……少し庭に出ようと」

「俺も一緒にいいかな?」

「はい」


 やっと手が空いたのだろうか。夕食はちゃんととっただろうか。

 ……少しは、休めただろうか。


 そんなことを頭の中で考えながらも、声には出さずに疲労の浮かぶ笑顔でそう言うルディさんに小さく笑みを返し、私たちは庭に置かれていたベンチに座った。



「……すまなかった」

「え?」


 少しの間沈黙した後、謝罪の言葉を述べるルディさん。


「俺もここへ来て知ったんだ。まさか親に勘当された彼が……カールが、この街の傭兵団に入っていたとは。知っていたらどうやってでも君を一緒に連れてくることはなかったんだが……」


 悔しそうにそう口にするルディさんの視線は私に向いていない。膝の上で拳を握り、自分を責めるように言っている。


「いいえ。私も驚きましたが、ルディさんが謝ることではありません。どうかご自分をそんなに責めないでください」

「……ありがとう」


 彼のほうに身体を向けて言葉を返せば、ルディさんもようやく私に視線を向けて小さく笑みを浮かべてくれた。


 けれどまだ少し、何か言いたそうに見える。

 それにその顔にはとても疲労が窺える。

 昼間の討伐ではルディさんが一番動いていたし、誰よりも活躍されていたから……当然かもしれない。

 そのうえ、帰ってからも対応に追われて、更には私とカール・グレルマンのことにまで気を遣わせてしまっているのだから。


 この人は、一人でなんでも背負い込んでしまっているんだわ……。


「……彼、来月子供が生まれるそうですよ」

「そうか、もうそんなに経つか」

「とても幸せそうにしていました。彼は親に勘当されてしまったのかもしれないけど、これでよかったんだと思いました」

「……」


 穏やかに言葉を紡げば、ルディさんも私に身体を向けてくれた。


「それに、そのおかげで私は今、こうしてルディさんと肩を並べて、話しをすることもできているのですから」

「……ユリア」


 本心でそう言ってもう一度微笑めば、ルディさんが何かを躊躇うようにぐっと歯を食いしばったのが一瞬見えた。


 けれど、次の瞬間には私の身体は彼の胸の中に収められていた。


「……ルディさん?」

「許可なく抱きしめてすまない。これ以上はしないから……だから今だけは許してくれ」

「……」


 そんなこと、咎めるわけないのに。


 表情は窺えないけれど、その声からルディさんが相当切羽詰まっているのを感じた。

 張り詰めていた糸が切れてしまったように、強く身体を抱きしめられる。


 触れ合っている彼の体温からは、その想いが伝わってきて、じんわりと胸が締めつけられていった。


 不安だったんですね。色々と。


「……大丈夫ですよ」


 こんなに大きくて、たくましくて、強くて……誰もが憧れるような立派な団長さんなのに。


 いつかルディさんが言っていた、私の前では〝ただのルディでいたい〟という言葉。


 今の彼は、まさにそれだった。

 でも、それでいい。私の前では、騎士団長の肩書きも、公爵令息という地位も、何もなくても、いいです。


「あまり無理をしないでください。私の前ではそんなに肩を張らなくても、いいですよ」


 そんなルディさんがとても愛おしくて。私もつい彼の背中に腕を回すと、ぽんぽんとあやすように優しく撫でた。


「ユリア……」


 抱きしめる腕に力がこもるルディさん。

 私たちの身体がより密着して、ルディさんからドクドクと高鳴る心音が伝わってきた。


 私なんかに、いつもこんなに必死になってくれる彼が、とても愛おしい。


「……このまま俺の部屋に連れて帰りたい。そしたら疲れも吹き飛ぶ」

「それはだめですよ」

「………………わかってる」

「その割には今、随分間がありましたね?」

「気のせいだよ」


 そう言うと、少し名残惜しげにそっと身体を離された。


 いつも余裕そうなイメージがあるのに、こんなに隙のあるルディさんは珍しい。

 でも私にそんな一面を見せてくれたことが、やっぱり少し嬉しくて。


「私はルディさんのことが大好きですし、いつでも呼んでくれたら駆けつけます!」

「ありがとう、俺も愛してるよ、ユリア」


 もう一度強く抱きしめられたから、今夜はまだまだ眠れそうにない。


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