33.迷子と傭兵団の男
「あれ?」
街を歩いていると、五歳くらいの女の子が一人できょろきょろしているのが目に留まった。
「ねぇフリッツさん……、あの子、一人なのでしょうか」
「え?」
私の言葉にフリッツさんもその子を見つめる。
近くに親と思われる人の姿はない。
「うん……もしかして迷子かな?」
二人で顔を見合わせて、不安げに瞳を潤ませている女の子に目線を合わせるよう膝を折り、声をかけてみることにした。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「私、ユリアーネ。あなたは?」
「……エミー」
「そう、エミーちゃん。一人? お母さんは?」
〝お母さん〟その単語に、溜め込んでいた涙をうるっと溢れさせるエミー。
「……お母さん、いなくなっちゃって……、わたしが、お母さんの手をはなしちゃったから……!」
「大丈夫よ、泣かないで? 一緒に探しましょう?」
「うん……っ」
ひっく、ひっくとしゃくりながら目を擦るエミーの頭を撫でて、私はその手を優しく握った。
エミーも素直に応じてくれる。
「って言ってもこの街のことは僕たちにはよくわからないしねぇ……」
「そんなこと言わないでください、フリッツさん。きっと母親も必死になって探しているはずです」
「そうだね。人攫いとかに連れていかれてもかわいそうだし、一緒にいてあげようか」
私にだけ聞こえるように耳元でひそひそと話すフリッツさん。
この子の足なら、おそらくはぐれてからそう遠くへ来ていないと思うんだけどなぁ……。
辺りを見渡しながら、同じように人を探していそうな方はいないか気にしていると、フリッツさんが「あ」と声を上げた。
「あれってこの街の傭兵団の人じゃない?」
「……?」
母親らしき人でも見つけたのかと思ったけれど、彼が指さした方向にいたのは、一人の男性。
騎士団の方たちに比べると少し細身でなんとなく頼りない感じがするけれど、明らかに着ている服が街の人たちとは違う。
それにマントの下の腰には、一応剣がぶら下がっているようだ。
「……そうかもしれないですね」
「たぶんそう。さっき領主の館で会った傭兵と同じマントだし。おーい!」
「ちょっと、フリッツさん……!」
そう言うと、フリッツさんは彼に向かって手を振り、大声を出した。
「はい、どうかしましたか?」
「君、この街の傭兵団の人だよね?」
「ええ、そうですが」
「やっぱり!」
茶色い髪に、少し下がった細い眉。近くで見てもそんなにがっしりした体格ではなさそうだし、顔も若い。
まだ傭兵団に入ったばかりの新兵なのかもしれない。
「この子の母親を探しているんだけど、知らない?」
「迷子ですか……。ううん、実は僕もまだこの街に来てそんなに長くなくて……顔が広くないんですよね」
頼りなく笑みを浮かべながら、男は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「なんだ、そうなの。でも一緒に探してよ」
「はい、もちろんです。お嬢ちゃん、おいで」
「……?」
男はそう言うと私と手を繋いでいたエミーに向かって手を広げ、「よいしょ」と言いながらその身体を持ち上げた。
「!」
「どうだい? これで遠くまで見えるだろう? お母さんが見えたら教えてくれる?」
「……うん!」
エミーを肩に乗せ、しっかりとその脚を掴んで歩き出す彼に、一瞬ぎょっとして目を見開いた。
危なくない……かな?
やめさせようかとも思ったけれど、先ほどまで泣き顔だったエミーが楽しそうに笑っているのを見て、口を閉じた。
身体はしっかり支えているし、大丈夫かな……?
少しはらはらしながらも、フリッツさんと一緒に彼を挟むように歩いていると、後ろから「エミー!」と呼ぶ女性の声が聞こえた。
「お母さん!」
「エミー! よかった、無事だったのね……!!」
足を止めて振り返ると、どうやら母親であるらしい女性が息を切らせて駆け寄ってきた。
「よかった……。もう勝手に遠くへ行っちゃだめよ?」
「うん、ごめんなさい」
エミーを下ろすと、母親は娘を抱きしめてから私たちに頭を下げた。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげですぐにわかりました」
「いいえ、これが僕の仕事ですから!」
「エミーちゃん、お母さん見つかってよかったね」
「うん、ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
何度も頭を下げながら振り返っている母親と、手を振るエミーを見送った。
「ありがとうございました」
「ううん、ある意味僕たちもこれが仕事だからね」
「……と、言いますと?」
それから、改めて傭兵団の男性と向かい合う。
「実は僕たちは王都から派遣された魔導師なんだ」
「王都の魔導師様……!」
笑顔で告げられたフリッツさんの言葉に、男はピシッと背筋を伸ばして頭を下げた。
「いいよいいよ、そういうのは。ところで明日は君も討伐に参加するの?」
「はいっ! 自分はまだ討伐経験は浅いですが、明日はご一緒させていただく予定です!」
「そうなんだ。じゃあ明日はよろしくね」
顔を上げ、はきはきと答えるその仕草に、なんとなく騎士団の新兵を思い出した。
初々しい。ルディさんやハンスさんにもこういう時代があったのだろうかと一瞬想像して、一人で笑いそうになる。
「ハッ! 魔導師様や騎士様たちとご一緒できるなんて、僕にはとても光栄なことです」
「そう? そんなに大したもんじゃないと思うけどなぁ」
「いいえ、僕の憧れでした。実は僕も騎士団に入るのが夢だったんです」
「ふーん。そうなんだ」
「……まぁ、今となってはこの街の傭兵団も悪くないと思ってるんですけどね。僕、来月子供が生まれるんですよ」
「まぁ、それは楽しみですね!」
「はい! なのでこの街で精一杯頑張ろうと思っています!」
少し頼りない感じがしたけれど、気のせいね。
その笑顔からは彼の本心が伝わってきた。
「うん、それじゃあ明日はよろしく。……そんなに張り切って、死なないようにね?」
「フリッツさん!!」
「あはは、冗談冗談」
なんという冗談ですか。もう。
彼も苦笑いを浮かべて応えているけれど、フリッツさんは相変わらずの笑顔でひらひらと手を振って彼とは別の方向へ私たちは足を進めた。