32.北の街へ
季節はすっかり秋を迎え、過ごしやすい陽気が続いていた。
その日、私はルディさんやフリッツさんとともに王都を離れていた。
北の地にあるノージュの森に、再び魔物が出たのだ。
この国の周辺はここ数年比較的に穏やかだったのだけど、どうやらノージュの森で炎狐が繁殖してしまったらしい。
炎狐とは、多尾を持ち、火球を放つ狐の姿をした魔物。
数が少なければ森の奥で大人しくしているようだけど、数が増えたために餌を求めて活動範囲を広げ、人への被害が出始めているのだとか。
それも炎狐は群れで行動するらしい。もしも炎狐の群れが街を襲ってしまったら、甚大な被害をもたらすだろう。
そうなる前に近くの街から騎士団に派遣要請を受け、第三騎士団とともに私も魔導師の一人としてその討伐について行くことになった。
ルディさんは私にはまだ危険だと、一緒に行くことを危惧していたけれど、私が自分の意思で同行することを望んだ。
耐火魔法も一応習得できた今の私なら、何か役に立てるかもしれない。
まだ少し不安な気持ちはあるけれど、既に覚悟はできている。
ここで行かなければ、私は今までなんのために頑張ってきたのかわからない。
ようやく本格的に役に立てるかもしれないときが来たのだから。
それに第三騎士団が行くのなら、少しでもルディさんの力になりたいと、そう思った。
馬車と馬で二日かけてやってきた北の街・ノーベルクでは、領主の館に滞在させてもらえることになっている。
用意してくれていた部屋で少し休憩した後、ルディさんとフリッツさんは炎狐の話を聞くために領主と傭兵団の方たちと面談を行っていた。
私はその間もゆっくり休ませてもらっている。
私はまだ正式な魔導師団員ではない。
ローベルト様のおかげで仮に籍を置かせてもらっているだけなのである。
作戦会議とも呼べる面談に、下っ端の下っ端である私も含めた全員が参加できるわけがない。
少し寂しい思いはあるけれど、馬車での長旅はあまり慣れていないから、少し疲れてしまったのも事実。
だから今のうちにゆっくり身体を休めておくことにする。
*
「ユリア――」
「はい」
部屋でのんびりと紅茶をいただきながらくつろいでいると、扉をノックする音とともにフリッツさんの声が聞こえた。
「いたいた。森へは明日の朝一で発つことになったよ。それで、夕食前にちょっと街を見てこない?」
「いいですよ」
なんとなくうきうきしている様子のフリッツさんに頷いて、私も簡単に外出の準備をすると一緒に外へ出た。
「……ルディさんは、まだ面談中ですか?」
「うん。まだ明日のことで傭兵団の人たちと話をしてるよ。……ごめんね、誘いに来たのが僕で」
「別にがっかりなんてしていませんよ」
わざとらしくいじけて見せるフリッツさんに、「他意はありません」と言っておく。
「いいのいいの、僕には気を遣わなくて大丈夫だよ。それよりユリアは、団長さんとどうなの?」
「え?」
突然、にやりと口角を上げてそんなことを聞いてくるフリッツさんに、一瞬なんのことを言っているのだろうかと頭を悩ませた。
「とぼけないでよ! 正式に婚約したんでしょう?」
「……そうですけど」
「それじゃあ、今回の討伐も旅行気分で楽しんでいたりして?」
「そんなわけないじゃないですか! これは仕事ですよ!?」
フリッツさんとはいつも訓練中も一緒だし、歳が近いこともあってとても話しやすい。もちろん彼の人懐っこい笑顔と性格のおかげもあるだろうけれど、気を抜いたら友人のような感覚になってしまう。
でも彼はあくまで上司であり、私の師匠でもあるのだから、それを忘れてはいけない。
だから、熱くなって大きな声を出してしまった自分に活を入れて、咳払いをする。
「まぁそうか。わざわざ旅先でいちゃつかなくても、もう同じ家に住んでるもんね」
「……あの、何か勘違いしているようですけど、私たちはまだ結婚したわけではないんですよ?」
確かにルディさんとは、正式に婚約した。
あの後、私たちはすぐに婚約の手続きを行ったのだ。
「……ユリアってもしかして、そういう焦らす感じが好きなの? うわ、団長さんかわいそ〜」
「違います!!」
上司だからといって、何を言ってもいいわけではないと思います。
「ははは、冗談だよ、怒らない怒らない!」
「……もう」
楽しんでいるのは、むしろフリッツさんなのでは?
そう思いながらも、隣でお気楽に笑っているフリッツさんに、緊張していた心が解けていくのを感じた。
初めての討伐で、私は緊張していたから。
街に誘い出してくれたのも、もしかしたら私が緊張しているのを読み取ってなのかもしれない。
この街は、王都とは少し違うけど賑わいを見せていた。
炎狐の被害が出たと聞いていたけれど、まだそんなに大きな被害が出たわけではないようだ。
行き交う人々はみんな穏やかな表情をしている。ここはきっといい街なのだろうなと、そう感じた。