31.ずっと前から好きでした
「君がこうして素晴らしい力に目覚めて、みんなの力になっている姿を見るのは俺もとても嬉しい。君も嬉しそうにしているのを見ると、安心する」
「……」
静かな口調で語るルディさんの話を、私も黙って聞いた。
「だがそれと同時に、余計なことを色々と考えてしまう。みんなに認められて喜ぶ君を見るのは、俺も嬉しいはずなのに……不安にもなってしまうんだ」
「ルディさん……」
ルディさんの手がそっと動いて、私に伸びた。
頬に触れようとしたのだろうその手は、私の顔の横でピタリと止まると、空を掴んで下ろされた。
「俺はまだ、君に触れることは許されていないんだよな」
「……」
「情けないな。こんなことでは君が俺との結婚を承諾してくれなくて、当然か」
「違います……!」
ふっと小さく自嘲して口元だけで笑うルディさんの表情に、胸の奥がぐっと締めつけられる。
違います。違うんです。
ルディさんに何一つ原因はありません。
それを伝えようと、私は堪らず立ち上がり、彼の隣に移動した。
「私の気持ちは、変わっていません」
「……?」
彼の隣に座ってまっすぐそう伝えると、ルディさんは小さく首を傾げて先を促してきた。
「あなたが毎日手紙を届けに来てくれていたあの頃の気持ち……。確かに今はこうしてたくさんの方に認められて、とても光栄なことだし嬉しいです。でも、ルディさんに対する気持ちは、あの頃と何も変わっていません」
どうやって、うまくこの気持ちをお伝えすればいいのかわからない。
私は中途半端なことを言っているのかもしれない。
けれど、私は例え誰に認められようと、どれだけたくさんの仲間ができようと、ルディさんへの感謝は絶対に忘れない。
今の私があるのは、ルディさんのおかげなのだから。
「……ユリア」
「はい」
その気持ちが少しでも伝わってくれたらいい。
そう思って彼をまっすぐ見つめると、ルディさんの頬がほんの少しだけ赤く染まったように見えた。夕日のせいかもしれないけれど。
「抱きしめてもいい?」
「だ……っ!?」
そして、窺うような表情で小さく笑いながら返ってきたその言葉に、今度は私のほうが一瞬にして赤面してしまう。
「……だめです」
「……口づけるのは?」
「……!! もっとだめです!!」
「じゃあ、今は我慢するから、俺と結婚してよ」
「は、話がよくわかりません……っ!!」
「…………はぁ」
「……~~!!」
そんなあからさまに溜め息を吐かないでください!!
本気なのか冗談なのか、そんな言葉を口にするルディさんに私の心臓はどくどくと大きく高鳴る一方。
こうして二人きりのときのルディさんは、なんとなく無防備だ。
〝騎士団長〟の顔をしていない。
でもこんなルディさんも、ちょっと可愛くて、好きかもしれない……。
「ユリアはいつになったら俺のものになってくれるんだ?」
「……それは」
「もしかして、他に好きな人がいるの?」
「え!?」
「ああ、そうなんだ。でも俺から求婚されて、困っているのか……」
「ち、違います……! 私が好きなのは――」
とても悲しそうにそう呟かれて、私は慌てて顔を上げた。
「好きなのは、誰?」
「…………」
そうしたら、至近距離で顔を覗き込まれるようにそう問われて、私の顔はどんどん熱くなっていく。
これは、わざとでしょうか?
ルディさんは、ご自分がどんなに整った顔をしているのか、自覚はありますか?
あなたにそんなふうに至近距離で見つめられて、囁かれて、落ちない女性はいないでしょう。わかっていてやっているのなら、本当はすごく女たらしなのではないでしょうか。
「……ルディさん」
「俺? ユリアは、俺のことが好き?」
「……」
本当は、そんなこともうとっくにわかっているんだ。
それなのに私が返事をしないから、ルディさんはずっと待っていてくれた。
「……好きです。好きですよ……、ずっと前から、私はずっと、ルディさんが好きです」
「ユリア……」
本当は、私だってすぐに応えたかった。
でも、私はルディさんには相応しくなかったから。
自分に自信が持てるようになるまでは、お応えできないと思っていた。
今でもまだ、ルディさんに相応しいと自信を持って言えるわけではないけれど。
「本当は、婚約者がいた頃からずっと、あなたのことを想ってしまっていました……、いけないことだと思いながら、私は、ルディさんを――」
ずっと内に秘めていた想いを吐き出したら、涙が込み上げてきた。
泣きながらこんなことを言うのはずるいから、ぐっと堪えたのに。
「ありがとう、ユリア……君はとても立派だよ。陛下にすら認められたんだ。文句を言う者がいたら、俺が消す」
「……ルディさん」
強く抱きしめてくれたルディさんが冗談交じりで言った声が震えていたから、私も一筋の涙をこぼして、ぐすっと鼻をすすった。
「好きだよ、ユリア。愛してる」
「……私もです……ルディさん」
そっと見つめ合ったルディさんの瞳は、涙に濡れてきらりと光っていた。
とても、とても美しい人……。
「……――」
重なり合った唇をゆっくり離すと、ルディさんは今度は優しく私を抱きしめた。
「…………だめって、言ったのに」
「ユリアの顔が〝いい〟って言ってた」
抱きしめるのも、口づけるのも。
本当は、私だってしてほしかった。
「……俺と結婚してくれる?」
「はい……。よろしくお願いします」
「ありがとう――」
ほっとしたように深く息を吐き出すと、ルディさんの頭が私の肩に乗った。
銀髪が首に触れてくすぐったい。
それに、彼が声を発するとあたたかい息がかかって、ドキドキしてしまう。
「ルディさん……くすぐったいです」
そんなところに頭を乗せられたら、私の心臓の音は聞こえてしまっているだろうな……。
しかも、以前こうされたときよりも明らかにその距離が近い。
前はもっと遠慮がちに額を肩に乗せていただけなのに、今はまるでそこに顔を埋めているように感じる。
「……そんな可愛いことを言われたら、俺は家まで我慢できなくなりそうだよ」
「え!? ……ルディ、さん?」
何を我慢するのでしょうか……?
その質問は、なんとなく怖くて聞けなかった。
ブックマーク、評価、誤字報告ありがとうございます!
少しでも、面白い!などと思っていただけましたら、ぜひぜひブックマークや評価などしてくれるとありがたいです!