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03.冷たいタオルと途絶えた手紙

 本格的に夏が訪れた。


 毎日暑い日が続いている。


「こんにちは、ユリアーネ」

「こんにちは、ルディさん」


 今日も、いつもと同じ時刻にルディさんが馬に乗ってやってきた。


「今日は特に暑いね」

「本当に。そうだわ、よかったら一休みしていってください。冷たいお茶をご用意します」


 馬から下りるルディさんは、今日もかっちりとした騎士服を身にまとっている。

 白を基調としたその服は、ルディさんの綺麗な銀髪によく似合っている。

 けれどその銀色の前髪の下の額には、汗が滲んでいるのがわかった。


「せっかくだが、まだ職務中だから遠慮しておくよ」

「いつもわざわざ手紙を届けるだけのために寄っていただいて、申し訳ないですもの。ぜひ」

「ユリアーネは優しいな。だが、本当に大丈夫だよ」


 爽やかに、笑顔を崩さずにそう言うルディさんに、どうしようかと少し悩んでから「そうだわ」と声を上げてもう一度彼を見上げる。


「少しお待ちいただけますか?」

「うん? 大丈夫だが……」

「では、すぐに戻りますので」


 そう言って、私は一度屋敷に戻った。


 清潔なタオルを一枚取り、水に濡らす。軽く絞ったあと、それに魔法をかけた。


 私はあまり強い魔法は使えないけれど、ものの温度を保持することができる。

 たとえば食品やお湯なんかには、この魔法はとても役立つ。

 義父も義姉も、そんなことができるくらい、なんだというのだと馬鹿にするけれど、私は密かに役立てている。



「お待たせしました。よかったらこちらをお持ち下さい」

「……? これは?」

「気持ちいいですよ」


 冷たく濡れているタオルを受け取ったルディさんに、にこりと笑って言うと、彼は素直にそれを首に当てた。


「本当だ。冷たくてとても気持ちがいいな」

「よかった」

「……しかも、温度が変わらないようだが?」

「はい、私の唯一の特技です」

「君は温度調整の魔法が使えるのか?」

「調整というか……保つだけですが」


 王宮へ行けば、他にもっとすごい魔法を使える方がたくさんいるのは知っている。

 たとえば直接火を出せたり、氷を出せたりする人もいる。

 それに比べたら、私の魔法は大したことではない。


「すごいな、鍛えればもっと伸びそうな力だが……」

「そんな、女の私が勉強したところで、どうしようもないことです」

「……そうか、君は来年には結婚するんだったね」

「はい」


 確かに、もう少し魔法を勉強してみたいと思ったこともある。けれどこの環境ではとても望めない。

 それに勉強したところで、私は職に就くわけではない。結婚すれば家に収まり夫を支えていくのだから、魔法など使えなくても大丈夫なのだ。


 それに、温度保持の魔法は今のままでも十分料理などにはとても役立てられるし。


「そうだ。これ、今日の分」

「ありがとうございます。それでは、こちらもよろしくお願いします」

「ああ」


 手紙を交換すると、ルディさんはタオルを額に当てて汗を拭き「本当に気持ちがいいな」と笑った。


 銀色の前髪が持ち上がり、青銀の瞳が晒される。

 その端麗なお顔につい、ドキリと鼓動が跳ねた。


「ありがとう、ユリアーネ」


〝ありがとう〟


 誰かにそう言ってもらえたのは、いつぶりかしら……。


「いいえ、感謝しなければならないのは私のほうですので」


 顔に熱が集まってしまったのを悟られないようにさっと視線を逸らし、頭を下げる。


 本当に、いつもいつも律儀に手紙を届けてくれるなんて、王宮の騎士様とはとても民思いの素敵な方たちなのでしょうね。


 カール様もこのような立派な騎士様になり、私はそんな方と結婚する。

 本当に、楽しみでしかない。


「それでは、また」

「はい、お気をつけて」



 そうして、今日も私はルディさんのたくましい背中を見送った。




 *




 それからもしばらく暑い日が続いたけれど、季節は次第に移ろいで行く。

 木々が少しずつ紅葉し始め、過ごしやすい気候へと変わっていった。


 落ち葉を掃きながら、その日もルディさんがやってくるのを庭で待った。


「……」


 ここ最近、カール様はとても疲れているご様子だ。

 手紙には、騎士の訓練がハードで大変だと記されるようになっていた。

 毎日手紙を書いていれば、内容が尽きてしまう。

 最初の頃のような熱い愛のメッセージが減ってしまうのも仕方のないことだと思う。


 そう思いながら今日もルディさんが来てくれるのを庭で待ったけど、いつもの時間になっても彼は現れなかった。


 ……今日で三日目ね。

 昨日も、その前の日も、ルディさんは来なかった。


 日が暮れてからも、ちらちらと屋敷の外を気にしていたし、何度もポストを確認しに行ったけど、やはり手紙もルディさんも来なかった。


 ……どうしたのかしら。何かあったのかしら。


 カール様の身に、というよりも、ルディさんの身に何かあったのではと、私は心配した。


 カール様は訓練生だから、きっと大丈夫。

 もしかしたら疲れていて手紙を書く余裕がないのかもしれないけれど、もし訓練中に怪我をされていたとしても、三日も経てばきっと何かしらの連絡が来るはず。

 私に報せが来ないのは、きっとルディさんの身に何かあったときだと思う。


 ……心配だわ。



〝親愛なるユリアーネ


 元気?


 僕は毎日が大変だよ。


 騎士の訓練もだんだん本格化してきて、とても疲れる。


 早く君に会いたい。


 カール・グレルマン〟



「……」


 最後に届けられた手紙の文章を読んで、私は小さく息を吐いた。


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