28.国王の頼み
その翌日。
魔導師団の棟へ行くと、待っていたと言わんばかりに団員たちに取り囲まれた。
「ユリアーネ、昨日のあれはすごかったね!」
「今朝もまだ効果が持続しているようなんだ!」
「君の力はただの温度調整魔法じゃなかったのか!」
「成長が著しいな。どうやったのか、私にも教えてほしい!!」
「え、え、ええ……っと」
普段あまり口数の多くない団員たちが、揃って私に詰め寄ってくる。
あの暑さが、よほど辛かったのだろうか。
「いたぞ、彼女だ!」
「ユリアーネ殿!」
「……はい?」
今度はなに……?
魔導師団員になんと言おうかと悩んでいる間に、今度は部屋の外から聞き覚えのない声で呼ばれた。
振り返れば、そこには黒や赤を基調とした騎士服を着た男性が数人立っていた。
あれは、第二騎士団の方と……赤は確か第一騎士団の方?
間違いなく、知り合いではない。
騎士様がなんの用だろうかと思っていたら、代表したように第一騎士団の制服を着た一人が歩み寄ってきて、口を開いた。
「突然申し訳ないのだが、あなたは部屋の気温を操れると聞いた。どうか我々の棟も快適な温度にしてくれないだろうか」
「え……っ!?」
頼む。と言って、頭を下げる騎士様。
「お顔をお上げください! あの……師団長に聞いて参りますので、少しお待ちいただけますか?」
背後から魔導師団員たちの熱い視線を受けながら、騎士団の方たちに頭を上げてもらい、私はおろおろと辺りを見渡した。
フリッツさんはまだ来ていない。やはりローベルト様を呼んできたほうがいいかもしれない……。
「ユリアーネ」
するとそこへ、ちょうどローベルト様がやってきた。
隣にはルディさんもいて、二人は何やら逼迫したような表情を浮かべている。
「悪いが、少しいいか」
「はい……」
今度は何事だろうかと、私は騎士団の方たちに頭を下げ「失礼します」と言ってお二人のもとへ駆け寄った。
「ついてきてくれ」
「はい。……あの、どうかされたのですか?」
兄弟揃って、表情が少し険しい。
ルディさんを見つめても困ったように笑みを浮かべるだけで、何も言ってくれない。そんなルディさんは珍しくて、これはローベルト様に直接聞いてみたほうがいいのかと思い、私から質問してみた。
「実は、君の力のことが陛下の耳にも入ったようでね」
「え……!? 国王陛下の……?」
「ああ、先ほど父上から私のところへ話が来た。急で申し訳ないが、ぜひ君と会いたいと言っているらしい」
「……」
国王に謁見するのは初めてだ。
私なんかがお会いできるような人ではない。
けれど、確かに今年の夏は特に暑い。
もしかしたら国王も相当参っているのかもしれない。
謁見の間に通された私は、ローベルト様とルディさんに続いて国王の前で頭を下げた。
「彼女がユリアーネ・フィーメル嬢です。陛下」
「うむ。ユリアーネ嬢よ、顔を上げよ」
宰相であるルディさんたちの父、ヴァイゲル公爵と国王の声に顔を上げて姿勢を正す。
「お初にお目にかかります。ユリアーネ・フィーメルでございます」
膝を曲げ、淑女らしく見えるよう心がけて挨拶をする。
けれど社交界にすらろくに顔を出せていなかった私が国王にどう映っているのか考えると、とても不安。
「早速だが、あなたは熱変動魔法が使えるようだね」
「……はい。ですがまだ、練習中でございます」
「うむ。ローベルトから聞いたよ。成長が著しいようだ」
「恐縮です、陛下」
言葉を交わすのも緊張する。
間違ったことを言ってしまったらどうしよう……。
そう思っていたら、ふとルディさんがこちらに視線を向けて小さく微笑んでくれた。
大丈夫だと、そう励ましてくれているように見えて、少し肩の力が抜ける。
「今年の暑さは異常だ。私も参っていてね。そこであなたに頼みたいのだが、私の部屋にもその魔法をかけてもらえないだろうか?」
やはり、そういうことか。
ローベルト様は私を見て頷いた。お引き受けしていいということだろう。
「まだまだ未熟ですが、お役に立てるのであれば」
「うむ。ではまず、この部屋にかけてみてくれないだろうか?」
「承知いたしました」
この謁見の間は、それほど広くはなかった。
私を気遣ってのことだったのかもしれない。
国王の前で覚えたての魔法を使うのは緊張する。
けれどすぐ横にはルディさんがいてくれている。それに、ローベルト様も、ヴァイゲル公爵も穏やかな顔を見せている。
いつも見ている三人の顔に、私も強ばっていた口元を緩めてふぅと小さく息を吐くと、集中するためにまぶたを下ろした。