26.お役に立てるのなら
「ユリア」
その日のお昼時になると、ルディさんがこの魔導室へやってきた。
「ルディさん! お仕事、落ち着かれたのですか?」
今日も魔導師団の食堂でフリッツさんたちと昼食をとろうと思っていたけれど、例の件はもう片付いたのだろうか。
「ああ、ようやく一段落ついた。今日は一緒に昼食に行けそうかな?」
「はい、大丈夫です」
ルディさんを見て口元に小さく笑みを浮かべると、フリッツさんは何も言わずに部屋を出ていった。これは「行っておいで」という意味だ。
「よかった。久しぶりに君と過ごせる」
「……」
そんなに嬉しそうに笑わないでください。
耐熱魔法をかけたのに、顔が熱い気がするのは気のせいでしょうか?
「――お仕事大変でしたね」
「いや、大したことではないんだが、少々処理に手間取ってしまってね」
大食堂で昼食をとった後、いつものように外のベンチに二人で座り、少しお話をした。
「もう片付いたのですか?」
「一応は。だがいずれ北の森には調査に行かなければならないだろうな」
「そうなのですね」
私も何か力になれないかしら。
「それにしても今日は天気がいいな」
雲一つない快晴の空を見上げ、ルディさんは眩しそうに顔の前に腕を掲げた。
そのお顔には汗が滲んでいる。
「そうですね。日も高くなって、今が一番暑い時間帯ですしね」
私は耐熱魔法をかけているから気にならなかったけど、ルディさんは暑いに決まっている。
「そうだわ、ルディさんにも魔法をかけていいですか?」
「魔法? 君の?」
「はい」
ルディさんに身体を向けて尋ねると、彼は少し不思議そうにした後、じっと私の顔を見つめた。
「そういえば君は随分涼しそうな顔をしているね」
「そうなのです。実は私、ついに耐熱と耐寒の魔法を習得したのです!」
少し誇らしげに言えば、ルディさんも嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「本当か? それはすごいな」
「ですので、ルディさんにもかけていいですか?」
「ああ、ぜひ頼む」
「では」
許可を得て、彼にも耐熱の魔法をかけた。
三人目ともなると、とてもスムーズにかけることができた。
「……どうでしょう」
「うん……すごい。先ほどまでの暑さをまるで感じない。とても快適だ」
「よかったです!」
「ありがとう、ユリアーネ」
ルディさんの嬉しそうな顔に、私もとても嬉しくなる。
こういう小さなことでもお役に立てて、本当によかった。
「いやぁ、今日はまた一段と熱いな」
ルディさんと向き合って微笑んでいたら、ハンスさんがやれやれ、と息を吐きながらやってきた。
暑いのなら外へ出なければいいと思うけど……もしかしてこの人、ルディさんのことが好きだったりして。
「本当に、よくやるな。この炎天下の中」
「……また邪魔しに来たのか」
「おいおい、俺はまだこの間の礼をもらってないぞ?」
しかし暑いな、と言いながら例のごとく私を挟むようにして隣に腰を下ろすハンスさん。
なんとなく、彼はいるだけで暑く感じてしまうのはなぜだろうか。
「ハンスさんにも魔法をかけてもいいですか?」
「あ? なんだそりゃあ」
「いいことですよ。安心してください」
「……いいことねぇ。そうか、聞いたかルディ。ユリアーネが俺にいいことしてくれるってよ」
本当に、暑苦しい人ね……。
変な言い方をするな! というルディさんの言葉を背中に受けながら、ハンスさんにもさっさと耐熱魔法をかけてしまう。
「……ん? おお、急に暑くなくなったぞ?」
「はい。私、耐熱と耐寒の魔法を覚えたんです」
「ほう、そりゃすごいな」
ハンスさんにも上手くかけられたみたい。よかった。
「こいつは助かるな。だが、いちいち一人一人かけてたら大変だろう?」
「……ええ、でもまだ私を含めて四人にしか使っていないので、なんとも……」
「そうか。ありがたい魔法だが、あんまり無闇には使わないほうがいいかもしれないな」
「……?」
珍しく真面目な顔をして考え込むようにそう口にするハンスさんに、私は首を傾げる。
「確かに。この話が広まって自分にもかけてほしいという者がユリアの元へ押しかけてきては切りがない」
「……そうですね」
皆さんが楽になるのなら、できることなら全員にかけてあげたいけど……。確かにそれでは私のほうが先に倒れてしまうかもしれない。
このお城で働いている者が何人いるのかは、想像もできない。
「……」
「大丈夫だ。毎年、みんなそれぞれ各自で暑さ対策を取っているんだから。ユリアがそんな顔をする必要はない」
「そうだぜ。……でも俺にはまた、頼むな」
「……ハンスさん」
ルディさんには聞こえないように私に耳打ちしてくるハンスさんに苦笑いを浮かべて、私たちは各自の持ち場に戻ることにした。
この効果がどれくらい継続したのかは、後日教えてもらうことにする。