24.騎士団長様のご様子は
翌日も、私は耐熱耐寒効果の魔法を習得すべく、フリッツさんと訓練に励んだ。
ルディさんは今日も昼食のお誘いに来なかったけれど、ちゃんと食事はとれているのだろうか。
魔導師団では回復薬のポーションを作っている。
私は専門外だけど、最初の頃に作り方を教わったことがあるから、一応作れる。まぁ、その効果は栄養剤程度なのだけど……。
けれど怪我をしているわけではないなら、むしろこれが少しは役に立つかもしれない。
そう思い昼食を早めに済ませると回復ポーションもどきを手に、騎士団の棟へ行ってみることにした。
*
騎士団の棟を歩いていれば、騎士の方たちからじろじろと視線を感じた。
魔導師団の制服を着ている者がここにいるのは珍しいし、もしかしたら私はもうルディさんのなんとかだっていうことで、すっかり顔が知れ渡っているのかもしれない……。
「……」
そうなると、一人でうろうろしていては変な女だと思われてしまう。
思い切って、第三騎士団の制服を着た方に話しかけてみようかしら……。
そう思っていたとき、先に私に話しかけてくれた人がいた。
「ユリアーネじゃないか。こんなところでどうした?」
「ハンスさん!」
第二騎士団団長の、ハンスさん。彼とは何度もルディさんと三人で昼食をとった仲。
だから安心してしまう。
「ルディさん、お元気にしているかと……」
身長は同じくらいだけど、彼のほうがルディさんより大きく見えるのは、その体格のせいだと思う。
目の前に立たれると、その迫力に少し怖気づいてしまいそうになる。
「ああ、北の森の話は聞いたか?」
「はい」
「あいつは今、その件に追われていてな」
「聞きました」
「うん……まぁ、団長室にいると思うが、行くか?」
ハンスさんは顎に手を当てて考える仕草をしてから、人のいい笑みを浮かべた。
「でも、お忙しいようでしたらご迷惑でしょうか?」
「少しくらい平気だろ。それに君の顔を見たら元気が出るだろうから、励ましてやってくれ!」
ニカッと子供がそのまま大きくなったように笑うと、ハンスさんは私を第三騎士団の団長室へ案内してくれた。
「――ルディはいるか?」
「はい! 中におります。団長! ハンス様がお見えです!」
部屋の前に立っていた騎士の方に声をかけると、その人は扉を叩いてからそう声をかけた。
部屋の中から少し疲れたようなルディさんの「どうぞ」の声。
「おうルディ、生きてるか?」
「生きてるよ。また邪魔をしに来たのか?」
扉を開けて上半身を室内に入れたけど、大きな身体のせいで私は中の様子を窺えない。
「なんだなんだ、その言い方は! せっかくおまえが喜ぶ差し入れを持ってきてやったのに」
「差し入れ? 昨日のパイか? あれは少し甘すぎたな」
「違うって、ほら、これだよこれ!」
そう言うと、突然背中に大きな手が回されて、私の身体は室内へと押し込まれてしまった。
「……っ」
何も言う暇もなく、ハンスさんは「礼は後でいいぜ、ルディ」と言って扉を閉めると、遠ざかっていく足音が聞こえた。
「……ユリア」
「……あ、すみません、お忙しいところ、突然来てしまって……」
机の前で書類を前にしていたルディさんは、私の姿を見て目を見開き、立ち上がった。
「いや……驚いたが、嬉しいよ。座って」
私の前まで来ると、ルディさんは笑顔を浮かべてソファにかけるよう言ってくれた。
「とてもお忙しいと聞きました。昨日も宿舎に泊まったみたいですし……。あのこれ、栄養剤です。少しは疲れが取れると思いますので、よかったら。それでは、失礼します!」
けれど、彼の邪魔をしてはいけない。
それに、一目だけでもお顔が見られてよかった。
そう思い、回復ポーションもどきを渡すとすぐにお暇しようと、くるりと身体を回転させた。
「――待って」
けれど、ルディさんにぐいっと手を掴まれて、私の身体は反動でがくんと後ろに傾く。
「あ――っ」
そしてそのまま、私の背中は彼のたくましい胸の中に抱き止められた。
「…………」
ふわりと、ルディさんの香りが鼻腔をくすぐる。
どくんと心臓が大きく跳ねて、一気に脈拍が速まる。
「ユリア――」
耳元にルディさんの息づかいを感じて、かぁっと顔に熱が集まるのを感じた。
「ごめんなさい……っ!!」
慌てて彼から距離を取り、おそらく真っ赤になっているだろう顔を俯けてしゃべる。
「あの、本当に、お邪魔しました! お仕事頑張ってください、でもあまりご無理なさいませんように! それでは!!」
早口で言って、最後に膝を折って礼をして、ばたばたと部屋を出た。
「…………」
驚いた……。
ルディさんの身体が、あんなに近くに……。
はずかしい……っ!!
彼がどんな顔をしていたのかは、とても確認できなかった。