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21.騎士団長様の苦悩

「……!」

「ルディアルト様……っ!?」


 いつから聞いていたのだろう。


 余裕のある立ち振る舞いでこちらに足を進めてきた彼に、令嬢たちの顔から一気に血の気が引いていく。


「君たちか。彼女のいわれもない酷い噂を流したのは」

「そ、それは……っ、ルディアルト様はこの女に騙されているのですわ! しっかりしてくださいませ!」

「……俺がしっかりしていない? 王宮騎士を舐めるなよ。しっかりした頭がなければ、この国も民も守ってはいけない」


 一歩ずつ歩み寄り、私の隣で立ち止まるルディさんは〝騎士団長〟の顔になっている。


「まぁ、俺が守るのはその価値のある者だけだが」

「……っ」


 まるで敵に向けるような鋭い眼差しだった。長身のため、高い位置から降り注がれるその圧倒的なまでの気迫に、彼女たちはルディさんを前にしても立ち上がれず、その場でただ言葉を詰まらせている。


「これ以上彼女に何か害をもたらすつもりなら、俺も黙ってはいないぞ」

「……申し訳、ございません……」

「それは誰に謝っているんだ?」


 プライドの塊のような彼女たちも、さすがに騎士団長であるヴァイゲル公爵令息をこれ以上怒らせてはならないということはわかるようだ。


「……ごめんなさい」


 おぼつかない足取りでようやく立ち上がると、彼女たちは悔しそうに私を見つめてその言葉を口にした。

 ただし、本当に悪いとは思っていない気がするけれど。


「ユリアーネに何かするということは、俺にするのと同じだと思え。その覚悟がないのなら、二度と関わるな」

「……はい」


 最後に膝を折り頭を下げた彼女たちを一瞥すると、私に向かって穏やかに微笑むルディさん。


「では行こうか、ユリアーネ」

「はい……」


 手を差し出されて、躊躇いつつもそれにお応えして重ねる。

 背中からはチクチクと刺さるような視線を感じたけれど、ルディさんもきつく言ってくれたし、もう気にしないのが一番よね。


「あの……ありがとうございました」


 何も言わずに私の手を引いて歩くルディさんだけど、その手には少し力が込められていた。


 結局、ルディさんにばれてしまった……。

 黙っていたことを怒っているだろうか。それともフリッツさんが言うように、悲しんでいるのだろうか。


 沈黙がなんとなく気まずくて、ひとまず先ほどのお礼を述べた。


「いや……すまなかった」


 けれど、ルディさんは少し低い声でそう呟くと、歩みを止めてそこのベンチに座るよう私を促した。


「俺のせいで嫌な思いをさせてしまっていたんだな」

「いいえ、ルディアルト様のせいではありません!」

「……」


 隣に座った彼は、とても悲しげな表情で何か言おうとして、口を閉じた。


「……?」


 どうしたのかしら。


「……私がルディアルト様に相応しい相手でないことは事実です。昔からあなたを慕っている方たちから恨みを買ってしまうのも仕方ありません。ですから、お気になさらないでください。私は十分すぎるくらいあなたに救われているのですから」


 ルディさんのこんなに悲しく曇るお顔は見たことがない。

 青銀色の瞳が小さく揺れて、私から視線を逸らした。


「……俺は、〝ただのルディ〟だよ」

「え……?」


 ふと瞼を下ろした彼の顔が近くまで迫り、ドキリと鼓動が跳ねたと思った次の瞬間には、ルディさんの額が私の肩に乗っていた。


 ふわりと風が吹き、銀色に輝く髪が私の鼻先で揺れる。


「……ルディアルト、様?」


 あまりの距離にドキドキと、急激に脈拍が速まって顔に熱が昇る。


「……少なくとも君の前でだけは、俺はただのルディでいたい」

「……」


 いつになく弱々しい声で呟くルディさんに、どうしたのだろうかと頭を悩ませながらもそっと言葉をかける。


「それは無理ですよ、あなたはヴァイゲル家に生まれて、立派に騎士団長を務めていらっしゃるのですから」

「……そのせいでユリアーネが俺のものになってくれないなら……傷ついてしまうのなら、そんなものはいらない」

「ルディさん……そんなこと言わないで……?」


 彼らしくもない弱音に、つい以前のような話し方をしてしまった。

 けれど彼はそれにぴくりと反応すると、そっと顔を持ち上げた。


「やっとルディと呼んでくれたな」

「……え、その……失礼いたしました」

「違う。そう呼んでほしいと、前にも言っただろう?」

「……」


 まさか、それでそんなに落ち込んでいたの?

 ……っていうか、お顔が近いです。


 目の前にある端麗なお顔にどんどん顔が熱くなり、視線を逸らす。

 そうするとルディさんもすっと顔を離してくれたけど、代わりに手を握られた。

 その手を見つめてから、窺うようにルディさんの瞳に視線を向ける。


「俺もユリアと呼んでいいかな?」

「はい、いいですよ」

「今度から何かあったらすぐ俺に言ってくれる?」

「はい、わかりました」

「それから、俺と結婚して?」

「………………」


 流れのままに、危なく「はい」と答えてしまいそうになった。

 けれどなんとか留めて、視線を逸らす。


「……どうしたら俺と結婚してくれる?」

「それは……」

「手紙のこと、まだ怒ってるのか?」

「いいえ……っ! 怒っていません。あれが本心だったというのなら、あの手紙は私の宝物です」

「ユリア……」


 思わず弾かれるように顔を上げてはっきりとそう言えば、ルディさんは嬉しそうに頬をほんのりと赤らめた。

 私があの手紙を書いてくれていた主に恋をしていたことは、ルディさんだってわかっているはずだ。


「父も母も兄も説得した。みんな君のことを受け入れてくれているだろう? 君さえ頷いてくれたら、俺はもっと堂々と君を守れる」

「……」


 それは確かにそうかもしれない。本当に、ルディさんの家族はみんな驚くほどにいい人たち。けれど、それに甘えてしまって、本当にいいのだろうか。

 ルディさんに助けられっぱなしで、いいのだろうか。


「……ユリアは俺が嫌い?」

「それはあり得ません!!」


 黙り込んでしまった私の表情を見て不安そうに問いかけてきたルディさんに、思わず大きな声を出してしまった。

その勢いに少しだけ驚いたように目を見開くルディさん。


「……あ、すみません。ですが本当に、それはあり得ません。私はあなたには感謝しかないのですから」


 だから慌てて冷静な口調で言い直したけれど、ルディさんはふっと小さく笑みをこぼすと、冗談っぽく言った。


「感謝だけ、か。それはそれで悲しいな」

「えっと……」


 彼が何を言いたいのかはわかる。

 だから胸の高まりは治まらない。


 それに、もちろん彼への感情が感謝だけなんてことはない。そういうことではない。

 けれど、今はまだ言えない。やはりそれをお伝えする資格が、今の私にはない。


「……でも、さっきのは本当かな?」

「え?」

「さっき、彼女たちに言っていた言葉。いつかそのときが来たら君は堂々と俺に連れ添ってくれるって。俺が君を想っているかぎりはそうなるように努力するって」

「……聞いていたのですね」

「ごめん。すぐ助けに入りたかったんだけど、嬉しくて」


 照れくさそうに笑うルディさんの表情がいつもの彼と同じに戻っていたから、私は一安心して口元に小さく笑みを浮かべた。


「……用事が済んだので、私は早く戻らなければ。フリッツさんが待っていますので」

「あれ、誤魔化すの?」

「団長様も早くお仕事にお戻りください! またハンスさんに色々言われてしまいますよ?」

「あいつのことはいいよ。それよりさっき言っていたことは本当?」

「……忘れてしまいました。あのときは必死でしたので」

「本当かなぁ? ねぇ、ユリア」


 先に立ち上がりお城へ足を進めれば、ルディさんも楽しそうにそう言いながらついてくる。


 今はまだこうしてここにいられるだけで十分です。


 でもいつか、あなたの隣で堂々と歩けるように……私は私にできることを精一杯頑張ります。


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