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20.面倒事再び

 あれから数日は、穏やかな日が続いた。

 フリッツさんが言ってくれたのが効いたのか、嫌がらせを受けることもなく、令嬢たちから冷たい視線を浴びることも減った。

 減っただけで、痛い視線はまだ感じるけど。


 そうして過ごしていた、ある日。


「ユリア!!」

「……フリッツさん。お疲れ様です」


 今日は午後からフリッツさんと魔法の訓練の予定だった。けれど先に魔導室で待っていると、フリッツさんは扉が壊れてしまうのではないかと思うほど勢いよくやってきて、怒ったような声を上げた。


「僕はもう許せない!!」

「……どうしたんですか?」


 この様子はただ事ではない。

 その迫力に気圧(けお)されながらも問いかけると、フリッツさんは手に握っていた紙を私の前に広げた。


「これだよ、これ!!」

「……?」


 机の上に広げられたその手紙のようなものに目を通す。


〝ユリアーネ・フィーメルは父が死んで財産もなく平民以下であるのに平気な顔をして王宮にいる。

 そんなことあってはならない。

 ましてヴァイゲル公爵令息の婚約者など、ありえない。立場をわきまえなければならない。

 それも大人しい見た目で権力者に媚びを売って枕を交わし、宮廷魔導師団に潜り込んでいるのだ。

 彼女を許してはならない〟


 ……ということが書かれていた。


 これは酷い。

 半分は当たっているだけに、なんと言っていいのか……。


「……なんですか、これは」

「社交界でこの手紙が出回っているようなんだ。根拠もないくせに、みんな面白がって広めているらしい。本当に暇な奴らだ!!」

「……」


 そう言って、フリッツさんは握りしめた拳をぷるぷると震わせている。


「……」


 うーん。前半に書かれていることは本当だから何も言えないけど、でも媚びを売って枕を交わした記憶はない。

 その誤解は解かなければ、ルディさんにも迷惑がかかるかもしれない。


「絶対この間の三人だよ! こうなったら師団長に言ってくる!!」

「まだそうと決まったわけではないし……それに、師団長様にご迷惑かけられないわ。私が直接彼女たちに聞いてきます」

「でも……!」

「大丈夫です。私はこう見えて結構強いんですよ? 訓練の時間が少し押してしまいますが……フリッツさん、お時間は大丈夫でしょうか?」

「今日は時間があるから大丈夫だけど……。僕も一緒に行くよ」

「ありがとうございます、でも一人で大丈夫です。行ってきますね」


 怒りが治まらない様子のフリッツさんをなんとか宥め、私は内心で溜め息を一つ。


 面倒だけど、本気を出したら箱の中で甘やかされて育ってきたお嬢様には負ける気はしない。

 少し、はしたないことになってしまうかもしれないけれど。




 *




 王宮敷地内の広い広いお庭の一角で、彼女たちは優雅にお茶を飲んでいた。


 上流貴族の令嬢である彼女たちは、よくここに集まってお茶会を開いているらしい。


「ちょっとよろしいかしら」


 楽しそうにケラケラと笑っているところへ割って入り、あのときのように、今度は私が彼女たちに話しかけた。


「……何かご用かしら」


 突然の私の出現に、あからさまに表情を曇らせる彼女たち。


「よく調べましたよね。あの噂、半分は本当です」

「ふん。だったら自分の立場をわきまえなさいよ!」


 確信的なことは言っていないのになんの話かわかるということは、やはりあの手紙を書いたのは彼女たちということかしら。


「今すぐルディアルト様の屋敷から出ていきなさい! もちろん、王宮(ここ)にもあなたのような方の居場所はありませんわよ」

「……ただ、半分は本当ですが、半分はでたらめですよね?」

「何がでたらめよ。どうせ媚びを売ったんでしょう!?」

「お金がないと大変ね」

「かわいそう。早く王都から出ていけばいいのに」


 クスクスと笑いながら蔑んだ視線を私に向ける三人に、はぁ、と息を吐いて言葉を述べる。


「恐れ多くもルディアルト様が求婚してくださったのは事実です。その相手がそのようにふしだらではルディアルト様にご迷惑がかかるので、適当な噂を流すのはやめていただけませんか?」

「な……っ調子に乗るんじゃないわよ!! あんたは十分迷惑なのよ!! わかっているのなら今すぐ消えてちょうだい!!」


 消えて……か。


 興奮して声を荒げる中心にいる女性の言葉に、義姉と義父との暮らしを思い出す。

 あのときはとても辛かった。自分は必要のない人間なのだと言われ続けて。


 それでも誰かの役に立ちたいと思った。

 どんなに頑張っても義姉も義父も私を認めてはくれなかったけど、ルディさんに出会って王宮(ここ)へ来て、私はその存在を認められている気がした。

 とても嬉しかった。


 だから、ちゃんと言わないと。


「私がルディアルト様に相応しくないのは重々承知しております。ですが、あなたたちに勝手な作り話を広げられる筋合いはございません。今はまだあの方に見合う女性ではないけれど、もしもいつかそうなれたのなら、私は堂々とあの方に連れ添います。そうなれるよう、努力いたします。あの方が私を見てくれているかぎりは」


 背筋を伸ばし、顎を引き、冷静に。

 まっすぐに私の思いを彼女たちに告げた。


 これでも私は伯爵家の娘だ。本当の父や母が教えてくれたことも覚えている。


 父も母も、彼女たちのような振る舞いを決して良しとはしないだろう。


「な……、何を言っているのよ、ルディアルト様がいつまでもあなたなんかの相手をするはずがないでしょう!? 調子に乗るのもいい加減にしなさいよ――!!」


 一瞬怯んだようだけど、彼女たちも強気。三対一である状況を思い出したように友人の顔を見て、中心にいる女性が言い返してきた。

 彼女は、以前私を突き飛ばそうととした人だわ。


「俺はいつまでだって待つつもりなんだが――どうしてあなたにそんなことを言われなければならないんだ?」


 そのとき、よく聞き慣れた騎士様の声が私の耳に届いた。


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