02.騎士様と手紙
「こんにちは、ユリアーネ」
「こんにちは、ルディさん」
毎日決まった時間に庭の掃除をするのが私の日課。
その日もいつものように箒で掃除をしていると、馬に乗ったルディさんがやってきた。
「今日はいい天気だね」
「ええ、本当に」
「これ、今日の分。預かってきたよ」
「いつもありがとうございます」
ルディさんは馬から下りると、胸の内ポケットから一通の手紙を取り出して私に差し出した。
腰に帯びている立派な剣が硬い音を立てて揺れる。
晴天の下、ルディさんの綺麗な銀髪が輝く。
馬から下りても私より頭一つ分以上背の高い彼を見上げながら、私は両手で手紙を受け取った。
――婚約が決まって間もなくのある日、騎士服を着たルディさんがこの屋敷を訪れた。
何事かと思って出迎えれば、ルディさんは婚約者カール様から手紙を預かってきたと言って、それを渡してくれたのだ。
騎士様がわざわざ届けてくださるなんてと、最初はとても恐縮したのだけれど、街の見回りのついでだからと爽やかに笑って、彼はその美しい銀髪を靡かせた。
私にはルディさんがまるで物語から出てきた王子様のように見えてしまった。
彼は紛れもなく騎士様だからそんなはずはないのだけれど、眉目秀麗で品のよさを感じる、とてもハンサムな方だった。
それでも服の上からでもわかる、鍛えられた筋肉と長身、それに笑っていても隙のないオーラのようなものが漂っていて、腕のいい王宮騎士様なのだろうと、予想した。
もちろんそんな方とこんなに気さくにお話するのは気が引けたけど、彼は自分のことを〝ルディ〟と気軽に呼んでほしいと望み、とても朗らかに笑ってくれた。
それからほぼ毎日、ルディさんは決まった時間にこうして私に手紙を届けにきてくれる。
「――カール様は頑張っていらっしゃいますか?」
「ああ、今年の候補生も皆、やる気に満ちあふれている。一年後が楽しみだ」
一年後が楽しみなのは私も同じです。
心の中でそう呟いて、代わりに「そうですか」と言って笑みを浮かべる。
既に正式な騎士様であるルディさんは今、カール様たち候補生の何人かいる教官の一人を務めているらしい。
こんなに優しい方がいてくれるのなら、カール様も安心ね。
「ではこちら、今日もお願いできますか?」
「もちろん。必ず届けるよ」
カール様へのお返事を託すと、ルディさんは笑顔で受け取ってくれた。
お城に戻ったルディさんがこれをカール様に渡してくれる。そしてそれを読んだカール様がまた手紙を書いて、ルディさんが私に届けてくれる。
そんな日々の繰り返しだった。
教官を務めるような方が街の見回りも行い、わざわざ私のところへ手紙を届けてくれるなんて。
本当にいいのだろうかと何度も悩んだけれど、彼は苦にする様子を微塵も見せずに、手紙を届けに来てくれる。
義父や義姉からはとても辛い仕打ちを受けているけれど、ルディさんが手紙を届けてくれるこの時間を、私は毎日とても楽しみにしていた。
この手紙さえあれば、私は頑張れる。
「……君は本当に嬉しそうに笑うね」
「これだけが私の癒やしなのです。本当に、いつもありがとうございます」
「いや、街を見回るのが俺の仕事だから。これはほんのついでだよ」
整ったお顔に穏やかな笑みを浮かべて、ルディさんは再び馬に跨がると「それでは、また」と言って去っていく。
その背中に深々と頭を下げて見送ってから、私は手紙を広げた。
〝――親愛なるユリアーネ
僕は君に会える日を心待ちにしているよ。
早く君に会いたい。
手紙の文面から君がどんな女性なのかいつも想像している。
きっととても素敵で、可愛らしい人なんだろうね。
君と結婚し、幸せな家庭を築いていけるように、僕は頑張るよ。
それではまた。
カール・グレルマン〟
「カール様ったら……」
男らしく、力強い字で書かれた手紙に頬を染め、掃除の続きを行う。
カール様はどんな方なのかしら。
字体から想像するに、きっと騎士らしく、たくましい方なんだわ。
義父は「大した男ではない」と言うけれど、きっとそんなことはないはずよ。
だって今も私との将来のために、一生懸命訓練に励んでいらっしゃるのだから。
それに、あんなに素敵でお優しいルディさんの下で教わっているのだから、きっと彼のように民を思いやれる立派な騎士様になれるに違いないわ。
――早く春が来ないかしら。
まだ暖かくなり始めたばかりだけれど、もう次の春が待ち遠しい。
春が来れば、私はこの家から出ていける。
それを糧に、私は今日も二人に怒られないよう夕食作りに取りかかった。