18.面倒事
「おかえり、ユリア。ランチデートは楽しかった?」
「……」
ルディさんに魔導師団の棟まで送っていただき、訓練用の魔導室へ入ると、とても素敵な笑顔のフリッツさんが待っていた。
「……ただいま」
「本当だったんだね、第三騎士団の堅物・ルディアルト団長が婚約者を決めたっていうのは」
「……まだ正式な婚約者じゃないですけど……」
「ということは、その相手はやっぱりユリアで間違いないようだね!」
「…………」
はめられた気がする……。
私を彼の向かいに座らせると、フリッツさんはとても楽しそうに瞳を輝かせて身を乗り出してきた。
「その噂と師団長が君を連れてきたのがほぼ同じタイミングだったから、もしかして? とは思ってたんだよね〜。でもあのルディアルト団長をどうやって落としたの?」
「そんな、落としただなんて……。ちょっと訳があって、一年間接点があっただけですよ」
「ふーん。でも団長さんのあの顔を見るに、やっぱり向こうは君にベタ惚れのようだけどね。初めて見たよ、ルディアルト団長のあんな笑顔」
「……」
改めてそんなことを言われると、少し恥ずかしい。
けれどやはり、その噂は騎士団だけに留まってはいないのね。
魔導師団のみんなにそういう目で見られるのは少しやりにくいかも……。
そう思いながら、午後の訓練を開始した。
*
あれから時々、ルディさんと王宮で一緒に昼食をとることが増えた。
騎士団の方たちが使う大食堂では、なぜかハンスさんが加わって三人で食べることもよくあったけど、ルディさんが魔導師団の食堂に来てくれることもあった。
それはそれで、少し……いや、かなり浮いてしまっていたけれど、魔導師団長であるローベルト様が加わったりして、楽しい昼食の時間を過ごすことができている。
……けれど王宮でルディさんと一緒にいる時間が増えると、〝第三騎士団団長ルディアルトを落とした女〟という噂が一気に広まってしまった。
私はルディさんのことを侮っていたのかもしれない。
ルディさんが素敵な団長さんだということは、王宮に来る前からわかっていた。
ヴァイゲル公爵家にその容姿で生まれてきてしまった彼には、昔からその妻の座を争う令嬢たちが絶えず集まってきていたようだ。
若くしてそのことにうんざりし、次男であるのをいいことに、自分は結婚しないと周囲に言いふらしてきたのだそう。
兄のローベルト様は親が決めた相手と結婚し、男の子も生まれている。
だからある程度自由にしていたらしいのだけど、そんなルディさんが突然婚約者を迎え、既に屋敷に住まわせているという噂は、貴族たちが集まる社交界で格好の餌となったらしい。
その噂はあっという間に広まったそうだ。
そして、元々彼を狙っていた令嬢たちから、私は目をつけられるようになってしまったようだ。
最近、魔導師団の棟にやってくる貴族令嬢が増えた気がする。
というか、私を見るために近づいてくる令嬢にそう感じているだけかもしれないけれど、とても痛い視線を浴びているのは間違いない。
けれど目が合うとどの方もさっと視線を逸らすのだ。決して話しかけてはこない。
何か言いたいことがあるのなら直接言ってくれればいいのに。
もやもやとしたものを抱えながらもできるだけ気にしないようにして、私は自分のやるべきことに集中した。
けれど。
ある日、私の制服のローブがぼろぼろに引き裂かれてしまっていた。
せっかくローベルト師団長のご厚意で、制服とローブをお借りしていたのに。
「……どうしよう」
ここまでぼろぼろにされて、元に戻せるかしら……?
かなり悲惨な姿になってしまったけれど、前にも義姉の嫌がらせでドレスをこんなふうに破かれたことがあったなと、思い出す。
……うん、きっと大丈夫。縫い直せばそれなりに使えるようになるわ。
よし! と気合を入れて、久しぶりに裁縫道具に触れた。
ずっとやってきたことだからか、まったく苦ではない。むしろ裁縫は好きだから、なんだか落ち着く時間だ。
ものを大切に扱わない人がいるのは許し難いけど、私はこれくらいでへこたれるような女ではない。
空き時間や就寝前の時間を使って、なんとかローブは見られるくらいには元に戻った。
少し不格好になってしまったけど、私にはお似合いかもね。
そんなことを心の中で想いながら、今日も魔法の勉強に励む。
「――ユリアーネ、そのローブはいったいどうしたんだ?」
その日も昼食はルディさんと一緒に食べることにした。
今日は大食堂で食べようかと誘われて二人で歩いていると、ルディさんはすぐに私のローブの異変に気づいてしまった。
「少し破けてしまったので自分で縫い直してみたのですが……、やっぱり変ですか?」
「破けた? どうして?」
「どうしてでしょう? ある日突然としか……」
誰かに破られているのを見たわけではないし、私にはそうとしか言えない。
だから苦笑いを浮べて答えると、ルディさんは顔をしかめて繰り返した。
「……ある日突然?」
「はい」
「ローブが勝手に破れることなんてないと思うけど」
「私もそうは思います」
「……なるほどね」
苦笑いを浮べる私に、ルディさんは状況を把握したように険しい顔で頷いた。
なんとか笑顔を貫いたけど、ルディさんは怖い顔をしている。
……いったい何を考えているのかしら?
*
その日の午後、フリッツさんの手が空くまでの間、私は王宮内にある図書室で魔法書を読んでいた。
「ちょっとあなた」
「はい?」
すると突然、頭上から知らない女性の声がしたので顔を上げた。
私……?
声の主と思われる女性を見つめるけれど、やっぱり知らない顔。
とても高級そうな洋服を着て、綺麗に髪をセットしている令嬢が三人、私の前に立っている。
その目は怒ったように吊り上がっていた。
「ちょっとよろしいかしら」
そしてそう言うと、拒むことを許さないと言うように、三人で私を囲んで人気のない場所まで連れていった。