17.あの騎士見習いは
「いけないか、俺が誰かと食事をしていては」
「そうじゃないが、おまえは目立つからな。第三騎士団団長様を落とした人がどんな女か、みんな興味があるんだよ」
「……」
ニッと口角を上げて私をじろじろと見てくる体格のいいその方は、黒を基調とした騎士の制服を着ている。
部隊によって制服の色が違うのだけど、黒は確か、第二騎士団だった気がする。
それにしても、団長であるルディさんととても親しげに話されている。同じ位の役職の方なのだろうか。
そう思って制服をよく見たら、制服の左胸のところに、ルディさんと同じように団長職を表わす金色の階級章が付いているのがわかった。
「初めまして、ユリアーネ・フィーメルと申します」
「ハンス・クリューガーです。どうぞ、ハンスと」
「ハンスは第二騎士団の団長だ」
やっぱり、第二騎士団の団長様なのね。
ベンチから立ち上がり、膝を折って礼をする。するとハンス様も胸に手を当てて紳士らしく応えてくれた。
「あなたがルディを落としたご令嬢?」
「そんな、落としただなんて、とんでもないことです」
「ハンス、彼女に対して失礼な物言いはやめてくれ」
「ははっ、噂は本当のようだな。第三騎士団長がついに婚約者を決めたって、社交界の女たちが泣いていたぞ?」
「だから、そういう冗談はやめろ」
困ったように頭を抱えるルディさんと、豪快に笑うハンス様。
……きっと、冗談ではないのだろうなと思う。
「あなたも大変だな。こんな男に惚れられてしまったら」
「ルディアルト様には、大変よくしていただいておりますが、まだ正式な婚約者ではございません」
「……ほう。なんだルディ、おまえ振られたのか?」
私をもう一度座るように促すと、自分もその隣にどかりと腰を下ろすハンス様。
ルディさんに話しかけるために身体を乗り出してこちらを向いたから、その距離が近くて反射的に身を引いた。
「クククッ、第三騎士団長が、女に振られるとは……傑作だ。面白い」
「まだそうと決まったわけではない! ……そうだよね、ユリアーネ」
「……え、ええ」
私を挟んで会話する二人の距離がどんどん縮まり、逃げ場がなくなってしまう私。左に寄ればルディさんに触れてしまう。けれど右からはハンス様が迫ってきている。
ああ、もう。この状況はなんなのでしょう……。
「まぁいい、今後もどうぞ、お見知りおきを。ユリアーネ嬢」
「……!」
ようやくベンチから立ち上がってくれたかと思うと、正面に回って膝を折り、私の手の甲に唇を押し当てる真似をするハンス様。
「ハンス……! 貴様!!」
ルディさんはハンス様を睨みつけ、素早く腰の剣に手をかける素振りを見せた。
「ははははは! おまえのそういう余裕のない顔は、久しぶりだぞ。楽しかった。またな、ルディ、ユリアーネ嬢」
「……」
愉快そうに笑いながら、ハンス様は城内へと戻られた。
「すまない、悪い奴ではないんだが……いや、君の手にいきなり口づけるとは、許せんな」
溜め息を吐きながら、剣から手を離すルディさん。
「いえ、あれは触れるふりです。実際には触れませんでしたので……」
「……それでもいきなり手を取るとは、やはり許せん」
私の言葉に一瞬安堵の色を浮かべた後、再び怒りを滲ませるルディさん。
なんとなく二人の関係性がわかった気がする。
「……ハンス様もご結婚はされていないのですか?」
「ああ、散々人のことを言っているが、あいつはあいつで親からの婚約話から逃げている。彼も良家の生まれだから避けては通れないだろうが、俺と同じ次男だからね。その点は助かっているのだろう」
まるで自分のことのように口にするルディさんに、きっと境遇が似ていて本当は仲がいいのだと悟った。
「……婚約者といえば、君には伝えておいたほうがいいと思うんだが」
「はい……?」
ふと神妙な面持ちになるルディさんに、私も真剣に彼と向き合った。
「君の元婚約者、カール・グレルマンのことだ」
「……」
その名前に、少しだけ鼓動が跳ねる。
彼はやはり騎士団に入団したのだろうか。もしかして、第三騎士団の所属になっていたりして……。
「もし君が聞きたくないのなら、話しはしないよ」
「……いいえ、教えてください」
伝える前に確認してくれるルディさんの優しさに、私は覚悟を決める。
「わかった。ではまずは、なぜ彼が君に婚約破棄を申し出たか、だが」
「……はい」
「君には少々残酷な話になる」
「大丈夫です。覚悟はできています」
まっすぐにルディさんを見据えて言うと、彼も小さく頷き、再び話し始めた。
「実は、カール・グレルマンは、王宮に仕え始めて一年目の女官に……手を出したんだ」
「え……」
「俺たちの監督不行届でもある。改めて君に謝罪させてほしい」
私から目を逸らすことなく、様子を窺うように話すルディさん。
きっと私が嫌な顔をすれば、すぐに話すのをやめるつもりなのだろう。
「……いいえ、誰も知らなかったのですよね? 数人いる教官たちの目を盗んで、彼はそんなことを……?」
「ああ。情けないが、その通りだ。女性のほうが体調を崩し、それが発覚した」
「……体調を崩した……まさか」
身篭ったということだろうか――。
驚きに目を見開く私に、ルディさんは小さく頷いた。
「それが問題となり、彼は騎士にはなれなかった。だがあの様子だと、どのみち適性試験に受かっていたかもわからないが」
カール・グレルマンは、相当疲弊していたらしい。ストレスもかなり溜まっていたのだとか。
だからといって、許される話ではないけれど。
「それで、その女性の方は?」
「ああ、どうやら彼女は自分を好いてくれている伯爵家の彼に、望んで身体を開いたようだ。だから二人とも王宮からは追いやられている。カールはグレルマン伯爵からも勘当されたと聞いているが、その後どこへ行ったかまでは聞いていない。もしも君が望むなら調べさせるが」
「いいえ……もう十分です。教えていただきありがとうございます」
ルディさんは、日に日にやる気がなくなっていく彼がいつか改心してくれることを願ってくれていたようだ。
けれどまさか、王宮の新人女官に手を出すとは、そこまでは予想していなかったそうだ。
もし先にわかっていたら、なんとしてでも君との婚約は潰していたと、ルディさんは話していた。