16.騎士団長様は注目の的
あたたかく穏やかな気候が続き、草木が芽吹いて花を咲かせる。
季節はすっかり春を迎えていた。
「――うん、いいね! だいぶ早くなってきたし、安定もしてきた」
「はい、フリッツさんのおかげです」
その日も私は王宮でフリッツさんと魔法の実践訓練を行っていた。
温度保持しかできなかった私だけど、今は温度を自在に調整する練習を行っている。
フリッツさんは軽い印象の見た目とは異なり、とても優秀な魔導師らしい。
副師団長を務めているのだからそれは当然なのだろうけど、私はまだ彼らの実践訓練などは見たことがない。
「ユリアーネ」
休憩にしようか。と話していたところで、魔導室の扉がノックされてルディさんの声が聞こえた。
長身に、綺麗な銀髪。白を基調とした清潔感のある騎士服に、端麗なお顔立ち。
彼が魔導師棟にいるのはとても目立つ。
それに、何かキラキラとしたオーラが見えるような気がするのは気のせいだろうか……?
「お疲れ様。まだ訓練中だった?」
「いえ、ちょうどこれから休憩しようとしていたところです」
「そうか。では昼食を一緒にどう?」
ルディさんのお誘いを受け、フリッツさんにちらりと視線を向ける。
「せっかく団長殿がお誘いしてくれているのだから、行っておいでよ」
「……はい、では行ってきます」
昼食はいつも、魔導師団が使っている食堂でとっている。
ここは騎士団の方たちが使っている棟とは少し離れていて、騎士団の方は騎士団の方で別の食堂を使っているはず。
もちろんその食堂を他の者が使ってはいけないなんていうルールはないけれど、魔導師団員の方たちは内気な方が多く、わざわざ別の棟へ行って食事することはほとんどない。
だから私も自然と魔導師団の食堂で昼食をいただいていたけれど、今日はルディさんがお誘いに来てくれた。
最近はルディさんと二人でお話する機会が減っていたし、騎士団の方たちが使っている食堂のほうが大きいということなので、行ってみたいとも思っていた。
「――ルディアルト様はいつもこちらの食堂でお昼を召し上がっているのですか?」
「ああ、まぁそうだが……それよりその呼び方は何かな? 今まで通りでいいって言ったのに。急にかしこまられるのは嫌だなぁ」
「……はい。すみません、ルディ様」
「ルディ」
「……ルディ、さん」
「本当はそれもいらないくらいなんだけど。それはそのうちね?」
「……努力します」
「うん、頑張って」
ヴァイゲル公爵令息で、騎士団長であるルディさんを王宮内でそのように軽々しく呼び続けて本当にいいのだろうかと困惑しながらも、到着した大食堂に思わず感嘆の息が漏れた。
魔導師団の食堂の、何倍もある。とても広い。
それに、騎士の方がたくさんいる。
「ここでの生活はどう? 少しは慣れたかな?」
とても広い大食堂で空いている席を見つけて二人で座り、今日の昼食である野菜たっぷりの豆シチューをいただく。
「はい。おかげさまで。皆さんとてもいい方ばかりですし」
「そうか。それはよかった。兄上から聞いているよ。ユリアーネも随分頑張っているようだね」
「いいえ、まだまだです」
ルディさんはいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて話しかけてくれるけど、私には先ほどから気になることがある。
……周囲から、ものすごく視線を感じる。
私は今魔導師団の制服を着ているから、そのせいかしら……?
やっぱりこの場所に魔導師団の者がいるのが、珍しいのかな。
それとも……。
「……」
シチューを口に運ぶルディさんをちらりと盗み見て、考える。
そのお顔は本当に整っていて、美しい。
王宮内では〝騎士団長〟のオーラをまとっているような気がするし、なんとなく隙がない。
「……どうかした? 食べないのか?」
「いえ、いただきます」
じっと見つめていたら、ふと顔を上げたルディさんと視線がかち合った。
恥ずかしくなってしまい、すぐに逸らしてスプーンを口へ運ぶ。
それにしても、やっぱりこの棟は騎士の方が多い。
今はお昼時だし、特に集まっているのだろう。
たくさんの騎士たちの視線を集めていることに、私はあることを思い出した。
元婚約者の、カール・グレルマンもいるのかしら――。
一方的に婚約破棄の手紙を送り付けられたけど、彼はその後どうなったのだろうか。
ルディさんの話では婚約は正式に白紙に戻ったということだけど、理由すらまともに聞いていないから少しもやもやする。
結局お互いに顔も知らないし、今となってはそんなことはどうでもよかったりするのだけど、少しだけ……本当に少しだけ、気になる。
「ユリアーネ?」
「ごめんなさい……!」
再び手を止めてしまった私に、心配そうに声をかけてくれるルディさん。
「……いや、こっちこそ。少し落ち着かないな。食事が済んだら外で少し話をしない?」
「はい」
向けられている視線にはルディさんも当然気がついているわよね。気にしないようにしていたみたいだけど、これではゆっくり話もできない。
そういうわけで、私は急いで残りのシチューをかき込んだ。
*
「ここで話そうか」
「はい」
庭に出て、辺りに人のいない静かな場所でルディさんは置かれていたベンチに座るよう私を促した。
「すまない、急に君をあんな場所へ誘うのはまずかったね」
「やはり、魔導師の制服を着ていたからでしょうか?」
「それも少しはあるが……」
隣に座って、ルディさんは言いにくそうに私から視線を外した。
「――ルディ、おまえが堂々と婚約者を連れているとはな」
「……!」
どうしたのだろうとルディさんの様子を窺っていると、突然背後から男性の低い声が耳に響いた。
「ハンス……おまえもいたのか」
「第二の奴等も騒いでいたからな、〝ルディアルト団長殿が女を連れて食堂にいる〟と」
いつの間に現れたのかしら。全然気配がなかった。
振り返ると、ルディさんよりも大きくて筋骨隆々の、黒髪の男性がそこに立っていた。