11.開かれた道
これからこの屋敷も色々と調べられるだろう。
「嘘でしょう……お父様……」
義姉はそんな父の様子をただ呆然と眺めていた。
「困りましたね。たった一人の父上が罪人になってしまった。あなたはまだ婚約者も決まっていないようだが、この先あなたを妻に欲しがるまともな男性は現れますか?」
そんな義姉に、ルディさんは声をかけた。話し方は優しいけれど、どこか棘を感じる。
「そんな……っ、でも、ユリアーネだってこの家の娘なのよ!? ヴァイゲル様はこんな女を本当に娶るおつもりですか!?」
「彼女をあなたと一緒にしないでいただきたい」
「……ひっ」
食いついてきた義姉に、ルディさんはとても鋭く、冷たい眼差しを向けて言った。
義姉の身体は一瞬で凍りつく。
「彼女はフィーメル伯爵令嬢だ。先ほどフレンケル伯爵から書類へのサインはいただいた。ユリアーネはもう、この家とはなんの繋がりもない」
「……そんな」
「それよりあなたはご自分の心配をするんだな。これから一人でどうするおつもりですか? 娼婦にでもなりますか?」
「……っ」
口調は丁寧でも、とても怒っているのがわかる。
先ほどの私たちのやり取りは、玄関の外まで筒抜けだったのかもしれない。
「ユリアーネ、怪我は大丈夫?」
「……はい、大したことはございません」
腕が少し痛むけど、折れてはいないだろうし、これくらいのことは過去にもあった。
「君の荷物をまとめたら行こう。念の為、手当もしたい。俺の屋敷に君の部屋を用意してあるから、一緒に来てほしい」
泣きそうな顔をしている義姉を放置して、ルディさんは私に優しい笑顔を向けた。
「……どうしてですか? 手紙のことでの、罪滅ぼしでしょうか。でしたら、そこまでしていただかなくても……」
助けてくれたのはありがたい。
手紙が嘘だったのは悲しいけれど、それも私を思っての行動だったのだ。それに、あの義父から逃れられただけでもう十分。
これ以上ルディさんに迷惑はかけられない。だから、あとは一人でも、どこか働き口を見つけて生きていくしかない。
「違うよ、ユリアーネ」
「……?」
私と視線を合わせるように、そっと肩に手を置くルディさんを、私も見つめた。
「どうか俺の話を聞いてほしい」
「……はい」
いつにもまして真剣な表情を見せるルディさんを、私もまっすぐに見つめ返した。
それだけで、すべてを諦めていたはずの胸の鼓動が高鳴り始めてしまう。
「確かに、あの手紙の差出人は偽った。それは本当に申し訳なかった。だが、綴った内容に嘘はない。ユリアーネ、俺は君のことを愛してしまった。どうか俺と結婚してほしい」
「え……」
嘘、ではない……?
「あの文面は……あの愛は、本物の言葉だったというのですか?」
「そうだ。だから毎日スラスラと文字を起こせた。君への想いは尽きることがない。この想いを直接君に伝えられる日をどんなに夢見たことか。俺が婚約者では、だめだろうか?」
まっすぐな青銀色の美しい瞳が、私を捉えた。
ルディさんはあの手紙を本心で書いていた? 私のことを愛している……?
だめなわけがない。だって私は、毎日手紙を届けてくれるルディさんのことを、あの手紙を書いてくれている方のことを――。
「……ありがとうございます。ヴァイゲル様のお気持ち、大変嬉しく思います。ですが、私はあなた様にはとても相応しくありません」
「ユリアーネ……」
その人物が同じだったなんて、こんなに嬉しいことはない。けれど、簡単に喜んではいけない。
緩みそうになる気持ちをぐっと抑えて、私は冷静に言葉を紡いだ。
ルディさんはとてもいい人……。だから、人がよすぎるから、こんな私を放っておけないだけなのかもしれない。
ヴァイゲル公爵令息であるルディさんと、今の私とでは釣り合わないということくらい、わかってる。
だから、舞い上がってはいけない。
「……」
それ以上何も言えずに黙り俯く私に、ルディさんがどんな反応を示すのかも今の私には予想できない。
今までの彼のイメージなら、怒りだしたりはしないと思う。だけど、公爵家のご令息で、騎士団長様だったのだ。
私にも義姉にしたように、丁寧な口調で恐ろしいことを言う?
私はルディさんのことを何も知らない。本名すらも、今初めて知ったのだから。
本当の彼とは、なんなのだろう……。
「……突然すまない。俺は勝手なことを言っているな」
「……」
「だがどうか、今晩はうちへ来てほしい。それからどうするかは君の自由だ。俺と結婚するのが嫌なら、君の自立に協力もしよう」
何を言われるか覚悟したのに、返ってきた言葉は私への理解を示したものだった。
「……そんな、恐れ多いことです。そこまでしていただくわけには……」
「いや、俺がそうしたいんだ。これは俺の望みだ」
「……」
私が彼の言葉を拒否するなど、許されるはずがない。
それなのに、ルディさんはこんな私に、選択肢の道まで作ってくれるというの?
彼はどこまでいい人なの――。
「この屋敷は徹底的に調べられることになる。君をここに残しては帰れない」
「……わかりました。ヴァイゲル様の寛大なお心遣い、感謝いたします」
有無を言わせぬ口調でそう言われて頷くと、ルディさんはようやくほっとしたように表情を崩した。
「それから、その呼び方はやめてくれ。今まで通り、ルディと気軽に呼んでほしい」
「そういうわけには参りません」
「俺がそう呼べと命令した。みんなにはそう伝えるから」
「……承知いたしました、ルディ様」
「……うーん、いまいち承知しきれていないな」
膝を折って頭を下げながらそう言うと「まぁ、今はいいか」と渋々納得して、ルディさんは再び私に荷造りしてくるよう言った。
父や母の形見と、着替えが数枚に、ルディさんが書いてくれた手紙。
私の荷物など、それ以外にはほとんどなかった。
けれどそれらをまとめると、ルディさんはその荷物を受け取り、私を馬車へと誘導した。
床に膝を突いて項垂れている義姉が、今後どうするのかは少し気になる。
けれどその視線に気がついたルディさんに「ユリアーネ」と名前を呼ばれて、私はそのまま馬車へと乗り込んだ。
プロローグ編はここまでです。
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