10.義父の罪
「なんと!? 本当ですか!?」
ルディさんから告げられた言葉に、私を含めた家族全員が驚き、彼を見つめた。
「構いませんね?」
「も、勿論ですとも! こんな娘でよければいくらでも……あ、しかし、うちにはもう一人娘がいまして、こっちの娘のほうが――」
義姉の悔しそうな視線を受け、義父は笑顔でそう申し出る。
しかし、ルディさんは義姉には目もくれずに即答した。
「私はユリアーネを妻に迎えたいのです。他の女性は考えられません」
「そ、そうですか。どうぞ、あなた様のお心のままに」
「では、こちらとこちらにサインを」
「はい」
やっぱり義姉は不満そうに義父を睨みつけているけれど、義父は「黙ってろ」というような顔で義姉を牽制した。
そして私の理解が追い付つく前に、話はどんどん進んでいく。
ルディさんは数枚の書類を用意しており、義父に順番にサインさせていった。
それはもう、有無を言わせない態度で。
その光景を見ながら、どこか他人事のようにぼんやり思う。
ルディさんが、私と婚約?
どうして……。罪滅ぼしのつもりかしら。
そうだとしたら、人がよすぎるわ……。
「……よろしいでしょう」
「しかし、この娘のどこがよかったのですか?」
書類へのサインが一通り済むと、ルディさんはそれを部下の方に渡した。
義父はもみ手をしながらルディさんに下卑た笑みを浮かべている。
「彼女はとても魅力的な女性です。少なくとも私が今まで見てきた中では、間違いなく一番に」
「そ、そうですか! でかしたぞ、ユリアーネ! しかし、ここまで育てるのは苦労しましたよ。とてもお金をかけてきましたからね、ええ」
義父の考えがその垂れ下がった顔に現れている。本当に、どこまでも恥ずかしい人だわ。
「……では、フレンケル伯爵にはもう一つお話が」
「はい! なんでしょうか!」
ルディさんの静かな発言に、義父は期待に満ちた笑顔を浮かべた。
「フレンケル伯爵。あなたには義娘に対する虐待の容疑がかかっている。城へ来てもらうぞ」
「なに!?」
先ほど私との婚約を願い出たときとは違い、とても鋭い眼光を義父に向けて、ルディさんは言った。
それは紛れもなく〝騎士団長〟の顔だった。
「そんな……! な、なぜだ……!!」
「連れていけ」
「ハッ!」
「は、離せ! 誤解だ!!」
私の目の前で、義父が情けなく騒いでいる。
私には大きく見えたその存在も、鍛え抜かれた王宮騎士様の前ではあまりにも小さく、無力だ。
「おい、ユリアーネ!! 誤解だよな!? 誤解だとこいつらに言ってくれ!! 私はおまえたち母娘を引き取り、この十数年、大切に育ててやっただろう!?」
「……」
縋るような目で私を見つめる義父。
この人のこんな顔は、初めて見た。
なんとも醜い。
「虐待の事実はないよな? あれは教育だった。そうだろう? 私はおまえを愛していたのだ!! おかげでこうして、ヴァイゲル公爵のご子息に見初められたではないか!!」
「……」
とても必死な様子で、唾を飛ばしながら私に助けを乞うてくる義父。
……私を愛していた?
この人のおかげで私はルディさんに見初められた?
「しかし彼女は現にも怪我をしているようだが」
「それは自分で転んだだけだ!! な? ユリアーネ。そうだよなぁ?」
どうかそうだと言ってくれと、媚びるように猫なで声で私に訴えかける義父。
……確かに、この男に愛されていると感じていた時期もあった。まだ母が生きていたときは、私にも優しくしてくれた。
「……」
「なぁ、ユリアーネ。私たちは家族だろう? 愛するおまえにそんなこと、するはずがないよなぁ?」
「そうなのか、ユリアーネ?」
ルディさんが私に視線を向け、優しく問いかけてくる。
私が本当のことを言えば、この男は牢に入れられてしまうのだろうか。
「……」
「ユリアーネ!!」
黙り込む私に、義父は少し苛立った様子で声を張った。
家族……なりたかった。血は繋がっていなくても、本当の家族に。
「――私は今、この男に蹴り飛ばされました」
「な……っ!」
けれど、この家ではそれは叶わなかった。
義父を無表情でまっすぐ見つめて、指をさす。
「その後乱暴に腕を掴まれ、床に叩きつけられました。今までも何度も、暴力を振るわれたことがあります」
「……ほう」
「この……っ、クソアマが!! 育ててやった恩を忘れやがって!!」
感情を持たない瞳で見つめる私に、義父は額に青筋を浮かべ、喉がちぎれそうなほど叫んだ。
「黙れ!!」
「……っ」
しかし、ルディさんが一言で義父を一蹴した。
腰に帯びた剣が、硬い音を立てて揺れる。
「育ててやった? 貴様はフィーメル伯爵の財産を奪い、彼女をこき使っていたな。自分はろくに仕事もせず、やりたい放題やっていたのだろう。いずれすべてが明るみに出ることだ」
「…………っ」
ルディさんが感情的に話すのを、初めて見た。
そしてその眼差しだけで義父を殺してしまうのではないかと思うほどに鋭い眼光を向けたあと、再び静かに「連れていけ」と部下に命じた。
ルディさんの合図で、騎士の方が両脇から義父を捕らえ、引きずるように連れていく。
今度こそ何も言えずに、義父はぐったりと項垂れたまま私の前から姿を消した。