94
大部屋での生活が始まってから、二月あまりが経過しようとしていた。おれはここにいる間に、いろんな人と関わることで、自分の考えが固まってきた。そこで岩井先生に面談を申し出て、話だけ訊いて貰おうと思った。
岩井先生はすぐに面談を受けいれてくれた。
おれはいくつかの考えを岩井先生の前で吐き出して、最後にこう締めくくった。
「これは宗教でも無ければなんでもない。宗教って言うのは…。特にキリスト教なんかは、昔からある当たり前のことを、あたかもそうで無いかのように見せかけて、人を利用しているようにしか思えません」
おれがそこまで言うと、岩井先生はその言葉を待ってました、と言わんばかりに「はい、分かりました」と、すぐさま反応した。
おれも「はい、どうも」と、言いながら看護室を後にした。それからすぐさま、岩井先生や看護室にいた看護師さんたちは、ここの病棟に入院している全ての患者さんたちのカルテを引っ張り出して、1枚入念にチェックし始めた。
その様子を大部屋から見ていた一人の患者さんが、おれに近づいて来た。
「おお、よくぞ言ってくれたな。お礼に特別にマッサージをしてあげるよ」
そう言うと、その患者さんは食堂のイスにおれを座らせて、おれの肩を揉み始めた。それは決して冷やかし半分ではなく、入院生活の疲れを忘れてしまいそうなほど、熟練した心地よいモノだった。
今日一日は、おれの入院生活も残り僅かであることを象徴するような出来事ではあった。
その後のおれは順調に回復した。そのうちに一時帰宅の許可も出るようになり、外泊を何回か繰り返した。そうしているうちに、ここから退院するのも時間の問題となった。
そんなある日、おれは看護室にいるさとちゃんに声をかけた。
「橋本さん。今度デートしない?」
さとちゃんは恥ずかしそうに笑いながら「いや、患者さんとはそう言う関係にはなれないから」と、うまくはぐらかせた。
その一方で、おれの名目上の主治医である宇都美は、未だにおれのことを苦々しく思っているようだった。宇都美としては、おれを注射漬けのクスリ漬けのヘロヘロの状態まで、追い込みたくて仕方がなかった。それこそ、もう二度と退院出来なくなるぐらいに。が、その目論見はことごとく破れ去った。
医者としてのプライドをズタズタにされた宇都美は、ある企みを思いついた。




