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ここの病棟に入院してからひと月ほど経った。観察室に移ってからのおれの経過も順調で、大部屋の方で他の患者さんたちと寝食を共にすることが決まった。大部屋にいる患者さんたちはどの人も入院生活が長く、見た目はかなりくたびれた人が多かった。しかし、錦織と同様でおれの話が分かる人ばかりだった。
食事の方も独房の保護室にブチ込めれていた時はとは違い、見た目も良く、味付けもしっかりとしていて、比較的美味しいモノが多くなった。味は良かったがそれでも量は満足とまではいかず、絶えず腹を空かせていた。おれは空腹を紛らわす為、暇さえあればタバコを吸って、インスタントコーヒーをがぶ飲みした。そんな生活を続いていくうちに、慢性的な運動不足も手伝って、いつしか胃を悪くしてしまった。
そんな入院生活が続いたが、岩手ちゃんは定期的に金田さんと面会室でおれの様子を聞き出していた。おれは二人のやり取りを遠くから見守るしかなかったが、それでもわざわざここまで足を運んで来てくれるのはありがたいことだ、と思った。
大部屋での生活は大変だったが、保護室よりも快適であることには違いなかった。ある程度入院生活が慣れてきたら、今度は自宅まで外泊することも許されるようになった。おれは何泊か自宅の部屋で過ごして、その後に去年出した詩集も病棟のみんなに読んで貰おうと思った。
おれは外泊が終わり、病棟に戻ると、看護室の看護師さんや金田さんにそれぞれ本を一冊ずつ手渡した。
その詩集を読んでくれた看護師さんたちは「スゴイね、天才じゃない?」と、みんな絶賛した。おれはそう言われて、鼻たかだかで思わずいい気になりそうだった。
そんなある日のこと、おれは大部屋のカウンターのところにいた。その日もちょうど、岩手ちゃんが面会室に来ていた。おれは彼女の姿をボンヤリと見ていたが、さとちゃんが重なるように、看護室の中に立っていた。おれはさとちゃんに「おれの彼女が見えないから、ちょっとどいてくれ」と頼んだ。
さとちゃんは「エエー、亮太君の彼女ってどんな人だろう?」と、軽く興味を覚えて、面会室にいる岩手ちゃんの方を見た。するとそこには、若くて美人さんの女性が目に入って来た。
「やったね、亮太君。キレイな人じゃない!」さとちゃんは心の中で喜びながらそう思った。
「でも、小沼さんもそうか。いいな、亮太君。キレイな人ばっかり」
おれはさとちゃんにこう返した。
「おまえさんだって、キレイで美人だよ」
さとちゃんはおれの心の声が聞こえたのか、そのあとは上機嫌な様子で、ニコニコしていた。




