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それはともかく、この病棟で看護婦さんをやっている姉貴とは10年ぶりの再会だった。お互いに口頭では大河さん、橋本さん、と呼び合っていたが、心の中では亮太君、さとちゃん、と呼んでいた。
おれには二人の姉貴がいて、おれは長男で末っ子だった。さとちゃんとは歳が近くて、小さい子供の時からどこに行くのも一緒で、仲が良かった。
小学生の頃には二人きりで電車とバスを乗り継いで、一緒に遊園地まで遊びに行ったりもした。あるいは朝早く起きて、まだ誰もいない近所の公園まで冒険をしに行ったこともあった。
中学校にあがった時も、たまにさとちゃんが修学旅行などで 家を留守にする時があると、寂しくて仕方がなかった。普段はワーワー騒がしいのに、さとちゃんがいないだけで、家の中ではシュンと大人しくなってしまった、親父からは「一人だと静かだな」と、言われるほどだった。
それだけに、おれが高校生の時に、さとちゃんが自殺した、と聞かされて、その後お葬式までした時は死ぬほど落ち込んだ。その後に、さとちゃんの遺品である高校生の時の卒業アルバムの写真を見ながら、寂しさと悲しさで胸がいっぱいになり、頭がおかしくなるほど人知れず泣いたこともあった。
またある時は、おれが眠っている最中に、夢枕にさとちゃんが立っていた。おれは夢の中で、ああ、さとちゃんは死んでいなかった。生きていたんだ、と思った。しかし、翌朝目覚めると、やはりそこにはさとちゃんはいなかった。おれはその都度、寂しさに襲われて朝から涙を流した。
でも、さとちゃんは死んではいなかった。おれはいつも一緒にいた昔のことを思い出して、大部屋のカウンター越しに、看護室にいるさとちゃんを見つめた。さとちゃんはちょうど呼び出し用のマイクを使って、看護室から何かアナウンスをしていた。しばらく見なかったうちに、さとちゃんは美しく成長していた。さとちゃんもおれと同様に、昔のことをフラッシュバックしたように、一気に思い出しだ。すると、さとちゃんは切なさがこみ上げて、アナウンスをしながら一瞬、言葉を失った。
さとちゃんは思わず胸がいっぱいになり、アナウンスを中断して、看護室の奥の方に引っ込んでしまった。
その数時間後には、おれもさとちゃんも、気を取り直した。今までの10年間の空白期間を穴埋めするかのように、とにかく仲良くしようと、お互いに心がけることにした。




