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 それから一夜明けた翌朝、おれはあの菅元というブタ野郎に勝負を挑んで決着をつけてやろうと意気込んだ。看護婦さんにもそう告げると、「怪力の持ち主ですからね。気をつけて」と、心配してくれた。

 おれは朝食の時間が終わると、菅元に近づいて話しかけた。

 「昨日は失礼しました。一つ、良いことを教えてあげますよ。ここで注射をいっぱい打つと健康的に痩せられますよ」 おれは穏やかな顔をして言った。菅元という男は悪い男には違いなかったが、アメリカ映画に出てくるマフィアの親分のような仏頂面ではなく、一見すると穏やかで、どこか愛嬌がある男だった。おれは側にいた錦織にも菅原に頭を下げさせた。 

 菅元は「ちょっとタバコでも吸いながら話でもしましょうか」と、言ったので喫煙スペースのイスに腰掛けて、一緒に話すことにした。 

 「どういうことでこちらに来たのですか?」おれは菅元に尋ねた。

 「ボク、家庭内暴力」菅元はそう言った。話し方は穏やかだったが、コイツ相当悪いことをしたな、おれはそう直感した。

 「昨日、ボクのこと、指さしてましたよね?」菅元が言った。 

 「いやいや。菅元さんの向こう側にいた人を指さしたんですよ。誤解があったのなら謝ります」おれは菅元に頭を下げた。

 菅元はまだ懐疑的だったが、おれが頭を下げた以上は、何も言えなかった。

 おれは話し合っている間はとにかく、あなたの味方ですよ、心配ないですよ、と言う素振りを見せて、菅元を信じ込ませた。時折お互い笑顔を見せたり、話が合うことを強調した。そんなやり取りを20分か30分ほど続けた。 

 ちょうど時間がそれぐらい過ぎた頃には、菅元はもうコイツには口では勝てないな、と諦めた。菅元は今にもフィルターまで届きそうなタバコの吸いさしを、火を消さずに灰皿の脇に置いてトイレまで行った。 

 おれはタバコの吸いさしをジッと見た。火を消さずに灰皿の脇に置いた菅元の魂胆が見え見えだった。おれがタバコの火を消したら最後、まだ吸い終わってないのに消しやがったな、と因縁をふっかけて、おれに暴力行為を働こうと企んでいた。だからおれは手をつけずに、菅元がトイレから戻って来るのを待つことにした。       

 しばらくしてから、菅元がトイレから戻って来た。タバコがそのままの状態だったのを見て「ああ、やっぱりダメだったか」と、残念がってタバコの火を消した。 

 「大河さん、一緒にテレビでも観ましょうか」菅元はおれに言ったが、もはや菅元に用はなかった。おれは黙って席を立って、無視とダンマリを決め込んだ。  

 菅元はおれが突然のように態度を変えたので、しばらくの間、ムキになっておれに噛みついた。 

 「何で無視するんだよ。いい歳しやがってその態度はなんだよ。いったいなんだって言うんだよ」 

 おれは菅元に言うだけ言わせて、あとは知らんぷりした。 

 菅元は看護室にいた看護婦さんにも、大河がおれを無視する、と訴えた。おれは菅元に、最後のトドメを刺してやる、と思い、こう言った。

 「実はさあ、アンタのことあまり好きじゃなかったんだ」

 菅元はそう言われると、かなり動揺した。

 「おれだって好きじゃねえよ。何なんだよ」

 菅元はそう言うとガックリと肩を下ろして、もうそれ以上のことは何も言えなかった。

 それから先はおれの方から菅元に話しかけることは無くなり、菅元もおれに因縁をつけたり、ケンカを売ることもなくなった。

 おれは菅元をやっつけて、勝利した。

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