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おれはここの独房に閉じ込められた当初は、クスリを看護婦さん持って来ても、真面目飲もうとはしなかった。毎日朝と夕方の食後投薬されていたが、看護婦さん目の前で、部屋の中にある便器に吐き出したり、錠剤を与えられても水と一緒に飲み込まず、飲んだフリをして口から取り出して、やはり便器中に捨てていた。
そんなある夜おれは一晩中起きて、日頃の鬱憤を晴らすつもりで部屋の中で立ち小便をして、部屋中に小便を撒き散らした。その翌朝、病棟の看護婦さんたち保護室の中に入ってきた。看護婦さんたちは特におれを咎めたりもせず、文句も言わなかった。みんな黙って部屋の中に撒き散らした小便を、キレイに掃除をしてくれた。この時点で、ああ、ここの人たちおれの味方なんだなあ、と思うようになった。それからというもの、おれも考えを改めて、与えられたクスリきちんと飲んで、ここの人たち迷惑が及ばないよう、心がけるようにした。
宇都美というおれの主治医はいけ好かない野郎だったが、ここの病棟の看護婦さんや、岩井、松田両先生も含めて、みんなおれのことをサポートしてくれていことを徐々に気づくようになっていった。何しろおれの血を分けた姉貴が看護婦さんとして勤務しているぐらいだ。おれを敵にまわすハズがなかった。ここは病棟の二階だが、宇都美の担当はこのすぐ下にある、一階の病棟だった。だから毎日おれたちと顔を合わせている訳ではなく、たまにここまでやって来るという、その程度だった。
そんな中、おれにも一人仲間が出来た。おれが看護室でタバコを吸っていると、錦織と言う名前の青年が、看護室とカウンターを隔てた大部屋の方からこっちを見ていた。おれはその青年向けて、さっそく意識を集中させて、口から言葉を発することなく、いろいろと話してみた。錦織はしばらくの間、不思議そうな顔をしていたが、やがてカウンター越しにおれに言った。
「ス、スゴイですね。この現象は」
それからおれはやっと口を開いてこう言った。
「お前さんは多分、おれの仲間だよ。よろしくね」




