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その翌朝、親父はおれがいつも定期的に外来まで通っている病院に電話をかけた。その後、親父に促されるまま、お袋と二人きりでタクシーでその病院の外来まで出向くことなった。
病院に到着してから窓口で手続きを終えて、待合室のイスに座っている間は、おれは大人しくしていた。しかし、アナウンスでおれの名前が呼ばれて診察室入った途端、なぜか無性に腹が立つ思いがして、突然大暴れし始めた。病院の先生が座っている机を蹴飛ばしたり、キャスターのついたイスに座ったままぐるぐる診察室の中を回ったり、と。おれの診察にあたった宇都美という名前の若い男性の先生は、慌てておれに「大河さん、落ち着いて」と説得したが、言うことを聞かなかった。宇都美は男性看護師を二人ばかり呼んできて、おれを取り押さえた。
「大河さん、少し疲れているみたいだねえ。ちょっと休んでいこうか」と、先生が言った。おれは元気いっぱいに「そうですねえ。そうしましょうか!うん、そうしましょう!」と、威勢よく言った。
「うん、うん。その方がいいと思うよ」と、先生。
それから男性看護師二人がかりでおれの両腕を抑えられて診察室から病棟の方に連行された。エレベーターに乗って病棟の2階まで行くと「ここで暴れてはいけない」と思った。おれは看護室のベッドの上に寝転がりながら、目を開けた状態で突然いびきをかいた。病棟の中は騒然となり、おれは注射を打たれて保護室と呼ばれる独房に入れられた。看護師5人がおれが着ていた衣服を脱がせて、パジャマに着替えさせられた。それから鍵を閉められて、おれは独房の中に一人置き去りになった。そこはコンクリートの打ちっぱなしで、小さな簡易トイレがあるだけであとは何にもない部屋だった。そこの扉は頑丈そうな鉄製で、鉄格子がついた小さな窓があり、そこから中の様子を伺うことが出来るようになっていた。扉の鍵は部屋の中にはついておらず、外から鍵が閉められたら、出入りも出来ないようになっていた。
やがて夕方なり、食事が運ばれてきた。おれはトレーの上に載せられたおにぎりを、薄暗がりの部屋の中で、一人でむしゃむしゃと食べた。「クソ、死ぬモンか。死ぬモンか」おれはおにぎりを食べながら、心の中でそう呟いた。
それから食事が終わり、クスリも飲んでそろそろ寝る時刻が近づいてきた。と、その時、さっき診察に当たった宇都美が部屋の前までやって来た。「大河さん、注射をいっぱい打ちましょうねえ」と、そう言いながら鋭い目つきでおれを睨んで、立ち去った。




