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結局、その夜はまどろみながらも意識があった状態で一晩を過ごすことになった。おれは明け方なってから、枕元に置いてある時計を確認した。ちょうど5時半になっていたので、おれは布団から出て起き上がった。それから押し入れに布団をたたんで入れた。それから洗面所まで行き、着替えてから歯を磨き、別室で寝ていた親父お袋には黙って家を出た。
おれは外に出てエレベーターで下まで行き、そのまま歩いて行こうかと思ったら、お袋がパジャマ姿のまま、慌てておれの元まで階段を使って下りて来た。
「アンタ、こんなに朝早く何処へ行くつもり?」
「ア…?アア、ちょっと郵便局でいろいろ遭ったモンで…」
「それならお父さんの所まで行って話してから行きなさい」
「アア、そうか。じゃあ、そうするよ」
おれはお袋言われるま、再び6階にある自宅の部屋までエレベーターで戻った。
部屋の中では起きたばかりの親父が待ち受けていた。
「いったい何があったのか説明しろ」
「実は郵便局での人間関係でトラぶっちゃって」
「だから普段から言っているでしょ。気を付けなさいって」親父はいつになく優しい口調で言った。
おれは続けて言った。
「それでこれからのことを職場の上司とどうするか、郵便局の近くにある喫茶店で話し合うことになったんだ」
「何て言う上司の人だ?」
おれはとっさに名前を思いついて「橋本さん」と、言った。
「ホントに、待ち合わせの時間もあるし、すぐに家を出ないと間に合わないんだけど…」おれは焦って言った。
親父とお袋はお互いに顔を見合わせて「そうか。そういうことなら仕方がないね」と、納得した様子で言った。
おれは立ち上がって台所にある冷蔵庫から牛乳を取り出して、コップに入れて一杯だけ飲んだ。
「それじゃ、行ってくる」
昨晩書いた手紙が入った封筒が、自分のリュックに入っていることを確認すると、家を出た。
その足で最寄り駅まで歩いている最中に「アイツ、カッコいいね」と、親父の声が聞こえるような気がした。




