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その小沼サユリという職員は若くて美人だが、男勝りなところがあった。局内にいても声よく響き渡り、時折り壊れたようにケラケラと笑い声を出して、いかにも仕事好きで愉快そうな感じだった。それでいて自分の見た目の美しさに鼻をかけるようなところもなかった。化粧の仕方も薄化粧で、色白で華奢な体型で、まるで天女のような女性だった。
それから畠中という男性職員は、同じ郵便局でアルバイトをしている小松優という女子大生のアパートに転がり込んで、同棲をしていた。毎朝、通勤時間になると、二人で仲良く手を繋ぎながら歩いている姿をたびたび目撃した。その時はお互い二人だけの世界に入り込んでいて、おれがばったりと出くわしても挨拶も出来ないほどだった。そんな二人の姿を見ているだけで、羨ましく思えてきた。
ある日、おれがみんなと一緒に郵便局で作業をしていると、田中と荒井がポスト○○という言葉を使って雑談しているのが耳に入ってきた。そこでおれは田中に質問してみた。
「ポストって言う単語は取って変わるって言う意味かい?」
「ポストって言うのは何々の後って言う意味だよ」と、田中は知ったかぶりをして言った。
おれは特に感心もしなかったが、一応感心したフリだけはしておいた。
また後日、田中が岩下という名前の男性職員にこんなことを訊いていた。
「岩下さん、Son of Bitchっていう言葉知ってますか?」
おれはその言葉の意味は知っていたが、直訳して「メス犬の息子」と、言った。
岩下は「ハア?なんだそれ?」と、わけわからん顔をした。
「クソ野郎って言う意味だよ」と、田中は英語なんてまともに分からないクセに、またまた知ったかぶりをした。
そんな中、おれが一人で書留の保管通知書のハガキを書いていると、職員の畠中がおれに声を掛けてきた。
「大河君、英語喋れるかい?」
おれは中学生の頃から英語が大好きで、独学で勉強忘れない続けていた。
「あっ、少しだけなら…」おれが言った。
「ちょうど外国人のお客さんが来ているんだけど、ちょっと窓口まで応対してくれないか?」
畠中がそう言ったので、とりあえず窓口まで行くことにした。
そこには白人の中年女性の姿があり、おれは英語で「いらっしゃいませ」と、言った。
おれの英語力はかなり怪しいモノだったが、その女性の言うことはよく分かった。イギリスまで書留郵便出したいが、期間はどれぐらい掛かりますか、と訊いてきた。おれが畠中にそう伝えると、二週間ぐらいかな、と言った。それを女性に伝えると、もっと早く着きませんか、と訊いたので、畠中にもそう言った。
「よし、それじゃ国際速達なら4,5日で着くからそう伝えてくれ。料金は1700円かかる」
畠中はそう言って、おれが女性に伝えた。女性は、税金は別途にかかるんですか?、と言ったので、おれは「いえ、それだけです」と、女性に言った。すると女性は満足気な顔をして、「ありがとう」と、日本語でおれに言った。おれは笑顔で奥に引っ込んだ。
その後、畠中が再びおれのところまでやって来た。
「大河君、スゴイじゃん!感動しちゃったよ。大学で英文科にでも行っていたの?」畠中は興奮気味にそう言った。
「いえいえ、好きで自分で勉強していただけですよ」
「そうか、また通訳頼むよ」と、畠中が言った。
その翌日、話を聞きつけた新森主任がバイト仲間たちの前でこう言った。
「大河君は英語が喋れて通訳まで出来るんだよ」
それを聞くと荒井だけは感心した素振りを見せたが、田中と仲原はジッと黙ったまま、何も言えなかった。おれにそんな特技があるとは夢にも思っていなかった様子だった。