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それからというもの、小沼サユリはおれが詩集を手渡してくれることを、今か今かと心待ちにしていた。おれはもうすぐクリスマスになるし、その頃なったらプレゼント代わりに手渡そう、と思っていた。
しかし、彼女はせっかちで思い込みも激しい面があった。おれがいつまでも黙っているモンだから「どうしてアタシにくれないのよお」と、ヤキモキしたり、おれの様子を見て「やっぱりくれるんだ!」と、一人で一喜一憂していた。おれは意地悪をしている訳でもはなかった。ただ「渡すことはいつでも出来る」と、のんびり構えていた。
しかし、いつまで経ってもおれが黙っていた為、彼女は自分のことをどう思っているのか、思い悩むようになってしまった。
「大河君、アタシにはくれないの…?アタシ、どうすれば良いんだろう?」と、嘆き悲しんでいるのがこっちまで伝わってきた。
そんな彼女の様子を見て「そろそろ限界かな」と、おれは思って、仕事終わった後に郵便局の中ある総務課まで足を運んだ。そこには前の郵便局から、彼女と仲が良かった女性職員がいた。おれはその中川さんという名前の職員に声をかけた。
「すいません、あなたお名前は?」
「中川です」
「中川さんね。これ、私が書いた詩集なんですけど、これを中川さんと郵便課の小沼さんとで読んで下さい」
と、おれは二冊、手渡した。中川さんは「今はこんなにキレイな本が出来るんですね」と、ニッコリ微笑みながら、本を受け取ってくれた。おれはそのまま郵便局をあとにした。
そのあとすぐに、一人で調子が悪そうにしていた彼女の元に、無事詩集が届いた。
「ほら、これ大河さんからよ」中川さんが小沼サユリに本を見せた。
「エッ?くれるって?スゴーイ!」彼女はおれの本を手に取って大喜びした。その場で慌てるように本をめくると、おれがかつてプレゼントした詩がそのままの状態で収録されていた。彼女としては、涙が出るほど嬉しかった。
「迷惑している、だなんて言っちゃったけど、ホントは初めて読んだ時から嬉しかったのよ」彼女はそう思った。
その翌日、おれが出勤すると、彼女が特集室で仕事をしていた。
「助かっちゃった」彼女はホッとしている様子だった。
おれは心の中で彼女に詫びた。
「悪かった、悪かった。別に意地悪をして渡さなかった訳じゃない。ただ、いつあげようかと、タイミングを見計らっていただけなんだ。だから早く元気を出してくれ」
彼女にはおれの気持ちが充分に伝わったようで、そのあとすぐに今まで通りの明るく、元気な表情になった。
「やっぱり大河君は優しい人だったんだ」彼女はそう確信した。
それはクリスマスまであと数週間、という時期の出来事だった。




