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ここの郵便局には敵もいたが、味方も数多くいた。かつて一緒に働いていた安藤、小久保、小西の三人組とも無事に再会した。ここの郵便局は今までおれが勤めた郵便局中でも一番建物が大きく、しかも造り立てで内部もキレイだった。食堂も以前のようにイスとテーブルだけの簡素なモノではなく、ちゃんと厨房があり、専属の調理師が腕を振るって食事を提供していた。その食事も美味しくて評判が良く「お兄さん、良い味だしているよ」と、職員が若い男性調理師を褒めていた。
ある日のこと、再会した安藤たちと一緒に食堂で昼飯を食べていると、おれの詩集の話題になった。
「大河君、あの詩集読んだけど、怒り狂っているねえ。大河君らしいなって思ったよ」
そう言われると、おれもいい気になって「あの本、売れてくれないかなあ」と、思わず声を上げた。
と、その時に小沼サユリが慌てた様子で食堂に私服姿で入ってきた。彼女は何も言わずに更衣室へと向かい、制服姿に着替え終わった後も、何だか尋常ではない様子で、慌てて食堂中を突っ切って、そのまま扉を開けて出て行ってしまった。
「このままだと、アタシ殺される!」彼女は強い危機感を抱いていた。なぜそんな切羽詰まっていたのかというと、おれが彼女のことを恨んでいて、だからおれが書いた詩集もくれなかったんだ、と思い込んでいたからだ。おれが彼女のために詩を書いて一編プレゼントした時も「迷惑している!」と、拒絶反応を起こしてしまった。おれがそのことを根に持っていて、アタシを見捨てたんだ、とも思っていた。
彼女が口にした言葉は本心ではなかった。本当は嬉しくて仕方がなかった。ただ、あの時のおれは何の実績も無ければ、将来の見通しも立っておらず、半ば叱咤激励するつもりで、思わず自分の想いとは裏腹なことを言ってしまった。それだけのことだった。
本当に危険なのはおれではなく、船木の方だった。ずっと前、みんながいるところで「アタシは大河君が好きなの」と、彼女に宣言されて、船木はプライドをズタズタにされた。彼女の心を射止めることが出来なかった腹いせに、今度は彼女の命まで狙う危険性すらあった。だから彼女は恐怖感に駆られたのだった。
そんな彼女の気持ちも知らずにいたおれは、先ほどの彼女の様子がただごとではない、と感じた。そこで心配になって、食事が済んで着替えてから彼女がいる二階の特集室まで見に行った。
彼女は、どうしたらいいんだろう、と不安な気持ちで胸がいっぱいだった。と、そこにおれの姿があることを確認した。
「あれ?大河君だ。アタシのこと心配して様子を見に来てくれたのかな?なあんだ、大丈夫じゃん。アタシったらバカねえ」彼女はホッとして、胸を撫で下ろした。
「アタシには大河君がついている。大河君なら、きっとアタシのことを守ってくれる」そう思っただけで、彼女の不安な気持ちはどこかへと吹っ飛んだ。
それ以来、彼女は近いうちにきっと自分にも、おれが書いた詩集を手渡してくれることを期待して、心待ちにするようになった。おれは彼女の気持ちはよく分からなかったが、とりあえずおれ詩集を欲しがっていることだけは伝わってきた。だからおれも手渡す気でいた。




