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おれはそれから、郵便局のみんなだけでは飽き足らず、もっと若い世代の人たちにも自分の作品を読んで貰いたくなってきた。それも普段から読書なんかしないような人たちに。
そこでおれは、毎朝通勤電車でよく見かける女子高生に、駅のホームで電車待ちをしている時に声をかけた。
「すいません。これ私が書いた本なんだけど、良かったら読んでくれませんか?」
その女子高生は、変なオヤジからいきなり声をかけられて、最初のうちは警戒していた。
「いや、いいです」女子高生は固い表情をしてそう言った。
おれはそれでも粘り強く説き伏せた。
「これはおれが書いた詩集なんだ。面白いか面白くないかは読んでもらわないと分からないし、もし面白かったらお友達と一緒に読んで貰えればいい」
おれがそう言うと、その女子高生は警戒していた素振りを多少は緩めてきた。
「大丈夫。お金を取ったりはしないから」おれがダメ押しをすると、やっとその女子高生は、差し出した本を受け取ってくれた。
「怪しいモンじゃないからね」おれはそう言って、女子高生から離れて行った。
そのあとに、その女子高生を遠巻きに観察していると、電車の途中駅から次々とその女子高生の同級生の仲間が車内に乗り込んで来た。その女子高生はさっきおれが手渡した詩集を、仲間たちにも見せていた。その女子高生たちは興味津々といった様子で、電車の中でみんなワイワイ言いながら、早速読んでいた。
その次の日、その女子高生たちは通勤電車中でおれの方をみんな一緒になって、ニコニコした様子で見るようになった。おれが思っていた通り、彼女たちの感覚にフィットしたようだった。それはまるでおれを英雄かアイドル歌手でも見ているような目つきだった。おれは黙っていたが、嬉しい気持ちでいっぱいだった。「これで売れてくれればもっと嬉しいんだが」と、おれは思った。しかし、現実にはなかなかそう簡単にはいかなかった。
おれはそこで、もっと詩集の知名度を上げて、売り込もうと必死になった。おれが住んでいる市内の図書館に一冊寄贈したり、電車に乗って都心の方の図書館まで足を運び、そこにも一冊寄贈した。
この内容なら、自費出版でもきっと大当たりする、とおれは信じて疑わない気持ちでいた。実際、ここら近辺の本屋ではなく、都心の大型の本屋に行けば、もしかしたらおれの詩集も置いてあるかも。おれはそう思っていろいろと探してみたが、本屋におれの詩集が置いてある、なんてことはなかった。当たり前と言えば当たり前だが、若かったことも手伝って、おれは夢ばかり追いかけていた。
おれの考えはこうだ。自費出版の印刷物がベストセラーなることなんて、ほとんどあり得ないが、自分なりに出来る限りのことを尽くしたい。そんな衝動に駆られていた。




