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それから数ヶ月後の8月半ば頃に、おれの処女詩集は無事製本された。おれの手元には250部ほど届いた。おれは大喜びして、まず手始めに山下たちがいる郵便局に何冊か持参して行った。おれがそこに到着した時は、ちょうど昼休みの時間で、みんなは食堂で昼飯を食べていた。おれはそこで出来上がったばかりの本を見せて、一冊の定価が1600円のところを1000円で買い取って貰うことにした。そこにいたみんなは千円札片手に、おれにもくれ、おれにもくれ、と次々に買ってくれた。
そんな中、その場にいた滋賀だけは冷ややかな目つきで面白くなさそうな顔をして「どうせ大して売れる訳がない」そう思っていた。
と、そこへ山下も休憩室に顔を出した。
「山下さん、おれ詩集を出したんですよ」
「刺繍?」山下は手で針を縫う仕草をした。
「違いますよ、ほら」と、おれは本を見せた。
「おお、てっきりパソコンかなんかで印刷したモノかと思った。今は自費出版でもこんなにキレイな本が出来るのか。一冊買うよ」と、言ってくれた。おれは1000円でいい、と言ったが山下は定価の1600円で買ってくれた。
それから持参した本も全て買い取ってもらい、帰宅する頃にはたった今、郵便局みんながおれの本の為におカネを出してくれたおかげで、財布が千円札でいっぱいになり、ギッシリお札が詰まっていた。
その翌日の朝、周知していた郵便局で一緒にいる短時間職員にも購入してもらった。岩手真由美がそのあとから来たので、おれはこう言った。
「岩手ちゃん、出来たよ」
岩手真由美はすぐに反応して、おれの本を手に取った。岩手はどんなことが書いてあるんだろうとしばらく本を開いて読んでいたが、突然ビックリしたように、パタッと本を閉じてしまった。おれはその様子を見て「面白くなかったのかな?」と、少しだけ不安になった。
しかし翌日の休憩時間に、岩手真由美とたまたま二人きりになって「全部読んでくれた?」と、おれが訊くと「読みましたよ。スゴイですね」と、面白く読んでくれた様子だった。おれはホッと胸を撫で下ろした。
それからというもの、岩手真由美は、自分のことや仲間たちのことなどを、積極的におれにいろいろと話しかけるようになっていった。岩手真由美はおれのことを、自分と同じ仲間だ、と確信した様子だった。




