50
小島と岩手真由美はともかくとして、佐藤と神内はいい加減な性格だった。
佐藤は普段から自分には娘がいるだの、郵便局以外で蕎麦屋でバイトもしているだのと吹聴していたが、それは人の気をひくための嘘だった。実際には生涯を通して結婚相手も見つからず、年老いた今でも一人寂しく暮らしていた。蕎麦屋でバイトをしていると言ったのも、娘がいると言うのも、願望でモノを言っていただけだった。
その一方で神内は、おれが知らないところで岩手真由美から「大河さんは天使だと思う」と、聴かされて疑心暗鬼でおれを見るようになった。「天使?コイツが?」てな具合で。
ある時、郵便局でバイトをしている若い兄ちゃんにおれに聴こえないぐらい小さな声で「あの人、天使なんだってよ」と、囁いた。言われたバイト君は、恐れおののくような目つきでおれの方を見ていた。
それからある日、おれたちが出勤して待機していた時に、神内は小島にメモ書きのようなモノを誰にも見えないように、コッソリ見せた。そこには「大河君って天使なんだってさ」と、書かれていた。小島はそれを見ても興味なさそうに黙って、片手でメモ書き紙を引っ込めた。神内はしばらくの間「ねっ?ねっ?」と一人で相槌を打っていた。おれはその様子を見て、よく分からないが何だか怪しいな、と思っていた。
またある日の休憩時間におれが神内に、他に何か仕事はしているのかい?と尋ねると「ウン、やっているよ。人には言えない裏稼業をやっている」と答えた。おれはまさかヤクの売人でもやっているんじゃないだろうね、と思ったが、口には出さずにその時は黙っていた。
その後に、おれが佐藤に「神内も何か副業をしているらしいですよ」と言った。それからしばらくしてから佐藤が神内に確かめるように訊いた
「神内君も他に何かバイトしているのかい?」
すると神内は平気な顔をして「ううん、やってないです」と、言ってのけた。
おれはますます怪し気な野郎だ、と思って神内を次第に信用しなくなっていった。
佐藤の方は、長年一人暮らしを強いられていつも寂しい思いをしていることも手伝ってか、人の気をひくための嘘も、時間と共に拍車がかかってきた。
郵便局で朝早く、みんなが待機している間、佐藤が突然こんなことを言った。
「この前、娘と一緒クルマでドライブしに行ったんだが、運悪く交通事故に遭ったんだ。それが一歩間違えば命まで奪われるほどの大事故だった」
そこにいたおれたちは驚いて、それは大変でしたね、命拾いして良かったですね、と口を揃えて言った。が、よくよく佐藤の姿を見ても、大事故に遭った割には元気だし、その体を見ても絆創膏一枚、どこにも貼っている様子でもなかった。その時はおれ含めてみんな佐藤の話を真に受けたが、他人に同情してもらいたいために、全て佐藤が思いついた嘘だった。




