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おれにとって、今まで通っていた郵便局とはまた別の郵便局での仕事が始まった。おれが初日の朝、最初に所属する班のところまで連れて行かれた。おれはまずみんな前で軽く挨拶だけした。すると同じ班にいる若ハゲで目つきが悪い郵便局員が、おれのことをジロジロ見てこんなことを言ってきた。
「大河君、就職しなかったの?」
「いや、今はアルバイトだけど、郵便局の試験を受けるつもりですよ」と、おれ。
「就職出来ない奴はみんな郵政の方に回っちまう。だからおれみたいにやる気のあるやつがいなくなっちまうんだ」と、その目つきが悪い若ハゲの職員が言った。
おれはそのセリフを聞いて始めは冗談で言っているのかと思った。が、そのハゲはマジだった。初っ端からイヤな奴がいるなあ、とおれは思って気分が悪かった。
しかし、そのハゲを除けば、他の人たちは良い人が多いようだった。
おれがここで配達を任された場所は、この郵便局からバイクで行ってもかなりの距離がある、片田舎のへんぴな住宅地だった。ただそこは区画整理がきちんとなされているためか、当初は配達順を覚えるのにさほど難しくは無いだろうと思っていた。
ところが、初めて一人配達に行った時は混乱してしまった。何しろ普段とは違い、全く馴染みの無い場所だったことだ。おれはバイクを走らせながら郵便物を片手に住所と家の名前いちいち確認した。ここは一体どこなんだろう?次はどこへ向かえば良いんだ?待てよ、ここはさっき配った番地だぞ、てな具合だった。
それから配達を何とか全部終わらせたのは、普通の人が配る時間をかなりオーバーしていた。おれが郵便局に戻ると班の人たちは驚いて、一体どうしたんだ?と心配されてしまう始末だった。おれが、道に迷ってしまった、と言い訳したら、その陰で若ハゲの奴がせせら笑っているように見えた。全くクソッタレな話だった。
そんなある日、おれは郵便局の休憩室で昼休みに班内の仕事仲間たちと一緒に弁当を食べていた。そこには前の郵便局で一緒だった近藤という名前の若いバイト一緒にいた。と、その時、近藤の携帯電話の着信音が鳴った。近藤は慌てた様子で電話を取りこんなことを言っていた。
「もしもし、アッ、はい。大丈夫ですよ。はい、分かりました。」
おれは特に気にも留めなかったが、電話の向こう側の主は小沼サユリだった。おれのここでの様子を聞き出す為に、おれがここ働くことが決まった時点で、近藤の電話番号を聞き出していたのだ。
「大河君は大丈夫?何かあったら力になってあげてね」
たった今の電話ではこんなことを言っていたのだ。おれはまだ携帯電話も持っていなかった。だから好きでもない近藤を、おれの為に徹底的に利用した。
おれはそんなこととは露知らず、おめでたいモノであった。




