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 その翌日、おれは班長の計らいで、一人で休憩室の中で来年のお正月に配達する年賀状の組立てをやることになった。

 「さあ、ここなら誰にも邪魔されずにゆっくり仕事もできるだろう」班長はそう言い残して部屋から出て行った。

 実際のところ、班長の言う通り誰にも邪魔されずに仕事ができて、快適ではあった。おれがそこで仕事をしている最中に、何度か自販機で缶ジュースや缶コーヒーを買いに来た職員などがおれを見て「うわ、寂しいな」と、からかわれたりもしたが。

 と、そこに小沼サユリの同僚である若い女性職員の一人が入ってきた。彼女はおれを見てニッコリとしながら「大河さん、なんか寂しそうだよ」と、おれに言った。

 「ああ、そうかも知れない」おてがそう言うと、その職員はその足で小沼サユリのところへ行き、おれの言葉と今の状況をこっそり小沼サユリに伝えた。彼女はそれを聞くと、私服姿で休憩室にドタドタっと足音を立てて入ってきた。おれは彼女を無視する訳ではなかったが、何も言わずに黙々と作業を続けた。彼女はおれの後ろ姿をジッと見て、こう思った。

 「やっぱりアタシとヨリを戻したかったんだね。待ってて、大河君」

 彼女はおれに対する決意を胸に秘めて、再びドタドタっと足音を立てて、部屋から出て行った。


 その日の仕事が終わって、帰宅しようとロッカールームで自分のリュックを取り出して、帰ろうとした。すると、船木や他の若い職員やバイトたちが集まって、話している声が聞こえた。

 「よし、ハーレムに行こう。ハーレム、ハーレム」そう船木が言っていた。ハーレムというのは、小沼サユリや他の若い女性職員たちがいるところに違いなかった。それでもおれは、船木の元へ行って一緒に連れて行ってくれ、とせがむことなく黙ってさっさと郵便局を後にした。

 そのあと、小沼サユリや船木たちは一見すると楽しそうにおしゃべりをしていた。が、おれがその場にいなかったことが、逆に小沼サユリとしては、ますますおれに対して信頼感を強める結果となった。もはや、彼女にとっておれ以外の男性は「その他大勢」に過ぎなかった。


 その次の朝、おれは郵便局のトイレに行き、用を足した。と、そこへ従業員通用口から小沼サユリが私服で入ってきた。彼女はおれを見て「ヨリ戻そうよぉ」と、甘えるような目つきでおれに訴えていた。おれはそんな彼女がひどく魅力的に見えて、慌てて局内のドアを開けてそのまま中に入った。

 彼女はそのあと制服に着替えて「おはようございます」と、誰に言う訳でもなく、おれの様子をうかがうように挨拶をした。おれは再び慌てるように、郵便物が入ったカゴを持って、そそくさと仕事若い始めた。

 彼女はおれのそんな様子を見て確信した。「大河君はもうアタシに対して怒ったり、腹も立てていない」ってことを。

 それから昼休み時間になり、おれは食事を済ませて一階にある女性職員専用の休憩室の前を通ると、その部屋の中にいる、小沼サユリの明るくて威勢の良い声が外まで響き渡っていた。

 おれはそんな彼女に対してこう思った。

 「心配させやがって。本当にもうダメかと思ったぞぉ」


 そのあと夕方になり、おれが帰った後に船木にとっては悪夢のような出来事が待ち受けていた。小沼サユリがみんながいる前で「アタシは大河君のことが好きだったの」と、宣言したのだ。

 翌日になってから、船木は朝っぱらから荒れていた。「悪いことなんかしていない!」と、ダチ公相手に憤っていた。船木はしまいにはおれに八つ当たりをして「大ちゃん、時間通りに配達終わらせろよ!」と、デカい声を上げた。もう見るからに破れ被れの様子だった。その後しばらくの間、船木は当たり前にような顔をして、タバコを一本おれにせびってきた。

 彼女と船木の間柄がこれ以降、特別な関係になることは二度となかった。

 

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