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 そんな訳で、おれは小沼サンにもおれが普段から夢中になって聴いている音楽の、片鱗だけでも分かって貰いたくなった。あまりガチャガチャと騒々しい音楽だと、返って引いちゃうかもしれなかったので、その当時ヒット曲を飛ばしていたポップスのバンドでもいいから、聴いてもらおうと思った。

 おれはメモ書きでそのバンド名を書いて、郵便局で彼女に手渡すことにした。

 「小沼サン、このバンド、良かったら聴いてみて」おれはメモ書きした紙を差し出した。

 彼女はそのメモ書きした紙を見ても何も言わなかった。ただ一言だけ「はい」と言った。おれは思ったようなリアクションを得られず、興味無いのかな、不安に駆られた。

 実は彼女、郵便局では口にしなかったが、隠れ洋楽ファンで、おれが勧めたそのバンドの曲も普段から飽きるほど聴いていた。おれほどでは無いにしても、洋楽のポップスやロックにも結構明るかったのだ。おれがこの前、コンサートに誘った時に発した「あたし、ロック聴かないから」という言葉も、単なる照れ隠しで本当のことではなかった。

 おれはそんなこととは露知らず、翌日になっても彼女の口から何も語られること無く終わった。おれはそんな彼女の態度を見て、そうか、分かってくれなかったのか、と勘違いして失望した。しかし、その悲しい気持ちを他の人に悟らせないように、その日は努めてテンションを上げて、いつも以上に明るく元気なように振る舞った。

 そんなおれの姿を見た彼女は、優しい人なのね、と思った。彼女はてっきり、おれの口から冷やかしの言葉でも出ると思っていた。しかし、おれは何も言わずに明るく振る舞っていたので、逆に彼女は悲しい気持ちになってしまった。彼女は本当に好きなった男性から、あまり優しくされた経験がなかった。比較的どうでもいい、と思っている異性ばかりを相手にしていた。そんな男性たちから出る言葉と言えば、冷やかしや、からかい半分ぐらいで、彼女はそんな連中を相手に、豪快にケラケラ笑い飛ばしてきた。しかし、おれの口からはそんな冷やかしや、からかいの言葉は出てこなかった。だからなおさら、悲しい気持ちなってしまった。

 おれは正直言って、そんな彼女の気持ちが分からずにいた。おれの場合、好きな人や、信頼して友人だと思っていた連中から、次々と裏切られたという、暗い過去を背負っていた。おれとしては、彼女のことをまるっきり信用していなかった訳では無いが、また裏切られたらどうしよう、という漠然とした不安が常に付き纏っていた。そして、その思い込みがおれの心に暗い陰を落としていた。


 それでもおれは、なるべく彼女には優しく接しようと思っていた。そうすれば、いつしかきっと、彼女もおれに振り向いてくれるだろう、と期待していたからだ。

 しかし、そんなある日のこと、おれは彼女が普段ならおれの前で見せないような、明るい笑顔で船木と楽しそうに話しているところを目撃してしまった。おれは思わず嫉妬に狂った。おれとは一緒に仲良くどこかへ出かけるようなこともないのに、船木や臼井といった、他の男とばかり仲良くしているように思えたからだ。

 それからはもう、おれはヤケになった。どうせおれことなんかどうでもいいんだろう、と。彼女に対しても冷たい態度で臨むようになった。彼女はそんなおれの態度を見て、今度は向こうもヤケになった。どうせあたしのことなんて好きじゃないんでしょう、と。

 おれとしては、こっちが悪い訳じゃない、と開きなおった。

 しかし、そのことが逆に彼女を落ち込ませる原因となった。彼女は口にはしなかったモノの、おれの為なら死んでもいい、ぐらいの気持ちでいたからだ。彼女は思った。「自分に責任があるのかな?おかしいな。こんなハズじゃなかったのにな…。大河君。あたし、あなたじゃないダメなの…」

 そんな彼女の気持ちも分からずに、それからは彼女との間に埋められない溝がどんどん開いてきて、すれ違いが生じてしまった。

 

 

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