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年賀状の季節の嵐のような作業も配達もすっかり落ち着いて、2月の末になろうとしていた。その日は午後の配達を終えて、局内で事務作業をしている最中だった。と、その時小沼サユリがウチの班にいる船木のところまでやって来て、話しかけた。おれは黙って仕事をしていたが、よくよく彼女の話耳にしていると、どうやら船木や臼井たちと一緒に誰かのコンサート行くことを話しているようだった。
「初めてだしなあ飛んだり跳ねたりするのは」と、彼女が言っていた。おれは思わず耳を疑った。おれには船木からも、彼女からも、おれには何にも声がかかっていなかったからだ。おれは嫉妬で気が狂いそうなった。何かの間違いであって欲しい、とおれは心の中で思った。
しかし、その翌日には、船木も臼井も小沼サユリも三人揃って、休みをとって最後まで郵便局には顔を出さなかった。昨日の話はどうやら本当だった。
おれは忸怩たる思いでいたが、気を取り直して、それなら今度はこのおれと二人きりでコンサートに行くように、彼女を誘ってみよう。そう考えた。
おれはその当時流行っていたアメリカのグランジ・ロックの女性デュオが来日するとの情報があったので、近所のデパートまで足を運んで、そこにある代理店でコンサートチケットを2枚購入した。
よし、これなら良いだろう。おれは一晩寝た後、郵便局まで行き、昼休みになるのを待って、彼女に声をかけた。
「小沼サン、ちょっと良いですか?」
おれが声をかけると彼女は少しバツが悪そうにモジモジしていたが、構わず訊いてみた。
「今度、コンサートがあるんで、良かったら一緒に行きませんか?」
「誰のコンサート?」と、彼女が訊いた。
「アメリカのロックの…」と、おれが言い終わらないうちに、彼女は「あっ、あたしロックは聴かないから。ゴメンねえ」そう言い残して彼女は嬉しそうな顔をして、その場から立ち去ってしまった。一人おれは取り残されて、内心ガッカリした。
しかし、そのあと彼女と顔を合わすと、先ほど以上に嬉しそうな顔をして、おれに優しく接してくれているように見えた。おれはそんな彼女の気持ちが理解出来ずに、戸惑いの感情だけが支配した。
事実、彼女はおれの誘いを断ったモノの、おれの気持ちだけは真摯に受け止めてくれたようだった。彼女はグループ交際等で、みんなで楽しくワイワイやることには慣れていたが、一対一の男女の付き合いに慣れていないと、ただ単にそれだけの事だった。それだけの事だったが、おれは彼女と一対一の関係になることを切望していた。
ちょうどこの頃から、おれと彼女とのお互いの気持ちに、すれ違いが生じるようになっていった。




