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郵便局もクリスマス・シーズンに入り、年賀状の仕分け作業も加わって、ここでの仕事も繁忙期を迎えた。そんな中、正職員が一人、新たにおれたちの郵便局に配属された。西川と言う名前の男性職員で、以前はコンピュータ関連の仕事をしていたそうだが、郵便配達員として転職してきた。その西川はおれと同じ班に配属された。見た目はメガネをかけていて、真面目だけが取り柄に見えた。人間的にはやや面白みに欠けて、男としての魅力は何にも無いような男だった。
最初のうちは副班長である山下に手厳しくビシバシと指導されているのを見て、正職員良いけれど、大変そうだなあ、とやや気の毒にも感じた。
しかしそんな西川と、おれは昼休みに少しだけ話をする機会があった。おれは「ここに来る前はデパートで働いていて、そこでは奴隷のように働かされた」と率直に言ってやった。すると西川は内心、何だコイツ、と思ったらしく、堅い表情で黙りこくってしまった。その様子を見て、おれは「ああ、この人は何にも分かってないんだな」と思い、その後はこっちから積極的に話しかけるのを控えるようにした。
それから数週間後、班内で飲み会を催すことになった。今度は郵便局の中ではなく、居酒屋でやることになった。
西川は積極的に笑顔を浮かべて、山下に酒を勧めた。山下は普段は西川に厳しかったが、ここでは穏やかで優しい口調でこう言った。
「おい、西川。おれが普段から厳しくしているのは何も憎たらしいから厳しくしている訳ではないぞ。おれが知っている人でも局長までいった人もたくさんいる。大丈夫だぁ。そのうち仕事にも慣れてくるさ」
西川は山下の言葉を聞きながら、思わず言葉を失い、しんみりとしていた。
そのあと山下はみんなの前で、こんなことも言った。
「この班にいる人たちはみんな良い人だけど、仕事で遅刻する奴が一番腹が立つ。志賀とか臼井とかがときどき遅刻してくるけどよお」今度はさっきの優しい感じから一転して、激しく憤っているようだった。
おれはこの山下という副班長の話を飲みながらいろいろと聞いているうちに、興味を覚えた。そこでおれの方から話しかけた。
「山下さん、私は短大に通っていた頃に仏教を学校で勉強したんですが、山下さんは女性関係とか結構激しそうですね」
「ウン、そうなんだが、高野山で坊主をやっていたこともある」
「エッ?そうなんですか?どうでした?」
「お腹空いた」
「そうでしょうね。私も坊主になろうかと思ったこともあるんですが」
「おれは自分の信仰を妨げる奴は抹殺する」
山下は穏やかな口調で、抹殺する、と2,3回繰り返して言った。言っていることは恐ろしいが、その言葉には芯の強さが感じられた。そのせいか、あまり怖い感じではないようにも聞こえた。
「もともと私は法華経を読むことが好きで、それから仏教に興味を持つようになったんですよ」おれは山下に言った。
「ウン、そうだけど、創価学会は嫌いだよ」
「私も嫌いです。あんなのは宗教じゃない」
「似てるじゃねえか」山下は喜んでおれの胸を軽く叩いて言った。
「そうか、大河君はそうだったのか…。高野山に行くか?」山下は穏やかな笑みを浮かべて、おれに言った。
しかしおれはその言葉に躊躇して、クビを軽く捻った。
山下はおれの様子を見て、すぐに察しがついた。「でもなあ、坊主も大変だからなあ」山下が言うとおれも多少ホッとした。
「私の修行の場は、ここの郵便局で働くことだと思ってます。山下さんは来世を信じますか?」
「そりゃあ、もちろん」
それから時間が過ぎて、飲み会はお開きとなった。今回はおれにとって、実りの多いモノになったと感じた。




