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配達の仕事は、最初のうちは楽チンだった。志賀と臼井の二人にやり方と配達区域を教わったあと、おれは一人で配達を任されるようになった。慣れていない間は、時間が余分にかかって遅くなるようであれば志賀か臼井がバイクでやってきて、手伝ってくれた。郵便課長も内務よりも、配達の方がさっぱりしていて良いでしょ」と、おれに気遣ってくれたからだ。しかし、時間が経つにつれてそう簡単にはいかなくなったが。
そんなある日のこと、おれは配達を終えて午後の時間帯に郵便局に戻った。退出時刻までまだ時間があったので、時間なるまで明日の分郵便物を仕分けしようと思い、やりかけた途端に志賀が横から口を挟んだ。
「あっ、やらないでいい。後で臼井にやらせるから」
おれは思わず「えっ?」と、聞き返した。そんなにやりたかったらやってもいいよ、との返事を半分期待した。が、志賀はますますムキなって「やらないでいいよ!」と、言ってきた。
それならば、とおれはイスに座りながら班の職員たちと談笑をすることにした。
も志賀はおれの様子を見て、こう思った。
「コイツは…。もしかして…」それから何かを確信した。
「やっぱりそうだ」志賀は思った。
おれはそんな志賀に気をとめず、他の人たちと冗談を言ってゲラゲラ笑ったあと、時間が来たのでタイムカードを押して帰ることにした。
その翌日、昨日は志賀は臼井に仕分けをやらせる、と言ったハズなのに、仕分けはされていなかった。おれは一から仕分けの作業をしながら「志賀って奴はいい加減な野郎なんだな」と、心の中でそう思った。
その日を境に、志賀のおれに対する態度は日を追うごとに陰湿で陰険なモノになっていった。おれは別に志賀に対して特別な恨みはなかった。もっとハッキリ言えば相手にもしていないつもりだった。しかし、どういう訳か、志賀の態度はあからさまだった。
それはともかく、おれと同じ班には赤口さんという名前のパートの女性がいた。その人は組み立てではなく、配達の仕事を引き受けていた。優しい人だったが、仕事は正確かつ迅速でバリバリとこなしていた。その上、さっぱりとした性格で、班の職員やバイトたちの誰とも敵にまわすことなく、みんなとうまくやっていた。もちろんおれも、その人には心を開いて相手にすることができた。
そんな中おれがいつも通りに出勤して、出勤簿にハンコを押そうとしたら、課長が声をかけてきた。
「おい、大河。赤口さんは営業用のハガキを5枚も売ってきたぞ」おれは今まで営業用のハガキを持たされて配達に出ても、まだ1枚も売ったことがなかった。
おれは意地悪くニヤニヤしている課長の顔を見て、だからどうしたんだ?、と心の中で悪態をついた。
「ああ、そうですか」おれはぶっきらぼうに課長に言ってやった。志賀といい、この課長といい、まったくどうかしているよな、と思いながら。
ある日のこと、おれが出勤簿の前で今週のシフトをじっくりと確認していたら、後ろから声が聞こえた。
「早くしろよ」
それが志賀がおれに向かって挨拶代わりに発した言葉だった。おれは志賀からケンカを売られても、買うつもりはなかったので、黙っていた。




