130
その出来事から数日後、病院のレクリエーションの一環として、ここから歩いて15分ぐらいの場所にある公園まで、病棟のみんなと一緒に出かける催しがあった。おれを含めて、比較的元気な連中は、揃ってそのイベントに参加することになった。おれたちは公園まで到着すると、看護婦さんたちが持参したビニールボールで、みんなして子供のように遊んだ。
その日は特別にペットボトル入りのお茶と、お団子を振る舞われて、それらを飲み食いした。さとちゃんも一緒に参加していたが(亮太君と一緒に外に出かけるなんて久しぶりだなあ)と、しみじみ感じていた。
「アタシもお団子食べようっと」
さとちゃんはそう言って、美味しそうにお団子を頬張った。
そのあと、おれもさとちゃんも、みんなと思いっきり遊んで、目一杯楽しんだ。
それからさらに数日が経ち、おれは病棟から自宅への外泊が許された。その外泊を何度か繰り返したのち、おれの退院もめでたく決まった。それから以後、二度と入院することは無かった。
その後、郵便局への復職も決まり、仕事の合間に病院の外来にも定期的に通うことになった。その当初は宇都美が主治医として、おれの診察を受け持ったが、いつしかその病院から姿を消した。その代わりに別の先生がおれの主治医となった。
郵便局の方では、顔ぶれは相変わらずだった。神内もおれと同じ班で働いていた。しかし、おれが入院する以前とは明らかに要す違って、かつての威勢の良さはすっかり消え失せて、このおれに降伏した姿に成り果てていた。
おれはその後、2,3ヶ月郵便局で働いたが、もはやここの郵便局には用が無くなった。おれはムリをして配達の仕事を指定いるうちに、自分でもしんじられないミスを立て続けにやらかした。そのせいで、味方であるハズの班長や課長に怒られたり、迷惑をかけてしまった。
おれは考えた末に、郵便局を辞めようと思った。それもただ辞めるのではなく、最後にハッタリをかましてやろうと思った。
おれは郵便局に出勤するやいなや、出版社の小説大賞に授賞しました、と大ボラを吹いた。課長はそれを聴いて本気に受け止めて「おお、そうか。良かったなぁ」と、心から喜んでくれた。おれもいい気になって、辞めちまえば本を出版する機会なんかいくらでもあるだろう、と楽観視していた。
その後、ウチの親父とお袋にもおれが直接説得して、二人とも不承不承ながら辞めることを認めた。
それから郵便局で事務手続きを済ませて、いよいよここからおさらばする日がやって来た。おれは退職する当日、食堂の喫煙スペースで、タバコを吸っていた。すると、佐藤のジジイがニヤニヤ笑いながら近寄ってきたが、おれは黙ってタバコを吸って、挨拶も無しに終始無言でいた。佐藤は今頃になって、自分がしでかしたことを後悔した。佐藤は半ベソをかきそうになったが、おれは許さなかった。
ここでの出来事はこれで全てが終わりを迎えた。
おれは小沼サユリにも、岩手真由美にも、特に挨拶は交わさなかった。近い将来すぐにでもこの郵便局まで二人を迎えにこれるだろうと、そう信じて疑わなかったからだ。
しかし、郵便局を辞めたあと、おれにとって過酷な試練が待ち受けていた。




