114
おれは警察署の入口にある受付の前のイスに座らせられて、事情を聴かれた。おれは大河亮太のダチで、名前は橋本圭太だ、と、言った。警官はおれが所持していた財布の中身を確認した。それから自動車の運転免許証の写真を見ながら「これはキミじゃないの?」と、おれに訊いた。
「よく似ているでしょ?大河はおれと同じ団地に住んでいて、生年月日も同じなんだ」と、言い張った。「財布も現金以外は大河から借りたモノだ」
警官が「キミの職業は?」と、訊いたので「おれは作家だ」と、言ってやった。
その後、おれの家族構成や出身地を聴かれたり、自宅の電話番号を聴かれたりしたが、おれはほとんど口から出任せなことを言った。しかし、話しているうちにこの警官はおれの敵ではなく、むしろ味方のように思えてきた。一通り終わると、おれは目の前に座って話を聴いていた警官の膝を軽くポンと叩いた。警官は「さわるな」と、無表情で言ったが、おれに対して腹を立てているとか、怒った様子でも無かった。「お巡りさんも大変ですね。一日何時間勤務なんですか?」おれが警官に尋ねると「24時間勤務だ」と、警官が答えた。
それからしばらくの間、何だか署内は慌ただしく、バタバタしていた。おれは事情聴取が済むと、疲れていたので長椅子に寝転んで、そのまま目を閉じて居眠りをした。
その同じ頃、署内の別室でおれの親父とお袋、それに小沼サユリが3人まとめて刑事から任意で事情を聴かれていた。
「ウチのせがれが何をしたのですか?」 親父が刑事に訊いた。
「だから、その…、超能力者で…」刑事が思わず漏らしてしまった。
「超能力者?!なあにを言ってるんですか?最近の警察は下らないテレビやマンガばかり観ているから、そんな戯言を言ってるんですよ」親父が言った。
「それから、その橋本とかいう野郎はイカれているんじゃないですか?橋本圭太なんていう名前の作家は聴いたことがありませんよ」親父は叩きつけるように言い、さらに続けて言った。
「マッタク。近頃の警察ときたら、朝っぱらからソバだのうどんだのラーメンだの、贅沢なモノばかり食べて、あとは下らないテレビやマンガばかり観ているから堕落するんですよ」
刑事は思わず言葉を失いそうになった。それから話題を変えようと、親父とお袋の出身地と、家族構成を訊いた。すると、先ほどおれが言ったこととは若干違っていて、その点を指摘した。
「だってその人、大河君とは別人なんでしょ」小沼サユリがそういうと、刑事は「エエ?!」と言い、訳が分からなくなりそうになった。刑事がいくら頭の中を整理しようとしても整理がつかず、思わず「ウーム」と、唸り声を出した。
と、そこに若い男性警官が部屋に入ってきた。その警官は刑事に耳打ちをして、部屋を刑事と共に出て行った。それからおれがこの前に行ったホテルで偽名を使い、それがおれがさっき口にした、橋本圭太と同じであることを報告した。
それを聴いた刑事は何もかもが分かった。そこで親父たち3人にこう言った。
「どうも失礼しました。別にこちらも息子さんを逮捕してどうかする、とかいう意図はなく、ただ単に事情を聴きたかっただけなんで。もう帰っていただいて結構です」
親父もそれを聞いて、これ以上コトを荒らげたくもなかったので、警察署をあとにすることにした。
帰り際になり、親父は小沼サユリに改めて頭を下げて「ウチの息子をよろしくおねがいします」と、言った。それからお袋と彼女を別々のタクシーに乗せて、先に帰らせた。




