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それからある日、おれが郵便局の仕分け台で作業をしていると、新森主任が少し慌てた様子でおれに声をかけてきた。
「大河君、通訳、通訳!」
おれが言われるまま郵便局の窓口まで行くと、小沼サユリが見た目がインド人のような男性の外国人を前にして接客をしていた。そこでおれその男性客に英語で話し掛けた。するとその男性はインドまで書留を出したいが、いくらかかるか訊いてきた。おれは小沼サユリにそう伝えると、こう言った。
「インドまで書留を出したいのは分かるんだけどさあ…」
新森主任が口を挟んだ。
「インドまで書留を出すには保険金が必要なんだ」
おれはこの時点で、保険金という単語を英語で何というかインプットされておらず、立ち往生してしまった。
そのインド人の男性はいくら?いくら?と何度もおれに訊いてきた。おれは少々お待ちください、と、英語で言うしかなかった。
新森主任はそこで機転を利かせて「まあいいや。どうせ300円しか違わないから…」と言って、おれに金額が高い方の料金をおれに教えてくれた。それならおれにも分かったので、その男性客に金額を英語で伝えた。
そのインド人は日本語で、ありがとう、と言いながら財布を取り出したので、おれは窓口を後にした。
そのあと、おれが机の前で事務仕事をしていると小沼サユリがおれのところまでやって来てこう言った。
「大河君、さっきは通訳ありがとうございました。また、よろしくお願いします」そう言うと彼女はぺこりと頭を下げてお辞儀をした。
おれは「いえいえ、良いんですよ」と、笑顔で応えた。おれは心の中で「やった、この女の役に立てた」と、そう思うとむしろおれの方が嬉しいぐらいに感じた。
それ以降、おれは小沼サユリという女性のことがいつのまにか頭の中にこびりついて、離れなくなっていった。郵便局で働いている時はおろか、仕事が休みの日に一人で外出する時でさえ、四六時中彼女のことばかり考えるようになっていった。それも実に自然な入り方で、無意識のうちに彼女のことを考えている自分にある日突然気づいた。
あの女には彼氏や、付き合っている特定の異性はいるのか、いないのか。あれだけ美人だとそんな男性がいてもおかしくないんが…。おれは知らず知らずのうちに、そんなことばかり考えるようになった。
そうこうしているうちに、彼女には彼氏もいなければ、特別な関係の男性もいないことが判明した。彼女は人付き合いが苦手なおれとは対照的で、とても社交的で活発な女性だった。その上、太陽のように明るい性格で、その様子を見ているだけで、おれの心に染み渡った。おれはこの女性と知り合うまでの間、さんざんな目に遭ってきたが、いつまでも暗い過去を背負っていることもない、と初めてそう思うようになった。
それから、おれの人生の中で特に暗くてめちゃくちゃだった高校時代の卒業アルバムや文集、それに部活動で使用していた道着など、すべてまとめてゴミとして捨ててしまった。
これでスッキリした。明日から仕事を頑張ろう。おれはそう思った。




