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ランドルフ公爵令嬢お茶会事件から7日経った。
寄付金の事はランスロット様と殿下に預けてあり、私はキャロル様のダンスと語学のレッスンに心血を注いだ。
支度金の件で悲嘆に暮れていたキャロル様だったが、ダンスレッスンのお相手をランスロット様にお願いしたら、あっという間に復活した。
「こんなイベントなかったけど結果オーライ!どアップなランスロットとか失血死ものの神スチルー!!」
と通常運転で軽快にステップを踏んでいた。
ちなみにランスロット様の引きつったお顔という珍しいものも見られた。
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『ようこそアナベル嬢。こちらへ座ってくれるかな?』
女官長がお呼びだと聞いて来た部屋に居たのは第二王子ルイス殿下でした。
しかもいきなりジェパニ語での会話。
「マシュマロ腹黒王子キター!!」
脳内キャロル様の雄叫びを聞きながら、予想外の展開に固まっているとルイス殿下が優雅に私の手を取り、ソファへとエスコートしてくださった。
『驚かせて済まない。秘密裏に妃候補の側付き女官の話を聞きたくてね。誰にも聞かせたくないからジェパニ語で頼むよ。』
『畏まりました。』
なるほど妃候補の適性審査の中間報告という事か。ジェパニ語なのは、部屋の隅に控えている殿下付き女官にも聞かせたくないという事なのだろう。
『恐れながら、そういう事でしたらアンバー卿もお呼びいただけないでしょうか?私だけの意見では偏りが出るやもしれませんし…。』
私一人で腹黒殿下の相手は荷が重いからランスロット様に居てほしい切実に…。そんな気持ちからそう申し上げるとルイス殿下は、不思議そうに首を傾げた。
御歳20歳にもかかわらず、どこか少年的な美を残す殿下のふんわりカールのプラチナブロンドが揺れて白皙の頬にかかる様子がなぜか背徳的で目のやり場に困る。
『ランスには個別に話を聞くから心配しないでいいよ?それより今は君の話をじっくり聞きたいんだ…。』
そのサファイアのような瞳の奥に揺らめく艶を感じて嫌な汗をかいた。一体何を企んでおられるのか…。
「ルイス殿下はね、あのふんわりマシュマロみたいな甘い雰囲気に騙されたらダメ!ああ見えて実はものすごい陰険腹黒王子なんだから!」
毎日キャロル様から聞かされてきた殿下の属性情報が脳裏にこだまして恐怖心を煽る。
つい、座る位置をずらして殿下から距離をとると、殿下は瞳を大きく丸めた後、ふわりと笑った。
『ふぅん?アナベル嬢も僕が怖い?不思議だな…バレるほどの接点は今まで無かったのに。』
離れた距離の分、身を乗り出すように殿下が詰めてくる。
普通のご令嬢なら殿下の色香に悩殺されるんだろうけど、こ、怖いですから…!!
『それともキャロル嬢から何か聞いているのかな?彼女もなんだか僕の事怖がってるみたいだから。』
ご明察…!
図星を指された気まずさから思わず顔を伏せると、手入れの行き届いた繊細な指先で顎を持ち上げられ、探るように瞳を覗き込まれる。
これがキャロル様の言う『顎クイ』というやつだろうか…!?
実際されてみると…残念ながらトキメキよりも恐怖が勝る!!
『お、恐れながら…殿下におかれましては、えー、優しげな美貌の内にですね、そう、為政者としての、腹ぐ…いえ、れ、冷徹さも秘めておられるように感じる…といったような事をキャロル様から伺っておりましたので…。』
マシュマロ腹黒を上手いこと美辞麗句にまとめられたと安堵したのも束の間。
『ふーん、優しそうに見せかけた陰険腹黒王子だと思われてるんだね。』
何故分かる…!!
必死で無表情を保ちつつ、懸命に言い訳を考えるが極度の緊張状態に置かれた今、全く思い浮かばない…。
『キャロル嬢はどう?かなり破天荒な令嬢だから君も苦労してるんじゃない?』
キャロル様を貶めるような嘲笑を含んだ言い方がカチュアと重なり、思わずムッとしてしまった。
『キャロル様は少し変わってらっしゃいますが、私の話を良く聞き入れて改善に努めてくださっていますし、語学やダンスのレッスンにも熱心に取り組まれています。それに休みを取らない私を心配して休日をくださいました。周囲の事も考えて行動出来る優しい方だと思います。』
毅然とそう申し上げると、殿下は楽しげに目を細めてくつくつと笑った。
『試すような言い方をして悪かった。どうやらそのようだね。ランスからも聞いてる。』
試す…?
何を試されたのかイマイチ分からなかったが、それにしてもこの体勢で、会話の内容が伝わってないとなると、あの女官に変な誤解を与えるのではないだろうか…?
『恐れながら殿下、この状態ですとあちらの女官に誤解を与えるのではないかと…!』
やっとの事でそう言うと、殿下はチラリと女官を見遣り、人払いを指示して女官を外に追い出してしまった。
ちょ、それ逆効果ですよね!
今からさらに如何わしいことをするから出てけ的な恐ろしい誤解を植え付けた絶対!!
あまりのことに流石の私も顔面蒼白になっている自信がある。
殿下はそんな私の様子を満足気に見て笑うと、手を離して立ち上がり、対面のソファに座ってくださった。
『すまないね。アレにはしっかり泳いで貰うために、あえて誤解を与えた。』
あえて誤解を与えた…?
『君が報告してくれた北の孤児院への寄付の件の調査に必要な事だと考えてくれればいい。』
殿下は長い足を優雅に組み替えて艶やかに笑った。
背後に黒バラが咲き乱れている幻覚が見えて怖い。
『それから君の行動を常に把握しておく事も必要になった。申し訳ないが、しばらくは休日も人を付けるから共に行動して欲しい。』
私の行動を把握…?
監視されるような何か誤解があるのだろうかと不安に思っていると、殿下はニコリと笑った。
『安心して?これは君を守る為の措置だから。君に二心が無い事は数々の報告書で証明されているから、君の事は両陛下も僕も信頼している。』
『勿体ないお言葉、身に余る光栄です…。』
私は思わず床に膝をついて最敬礼をした。
報告書というのが何なのか怖かったが、両陛下に信頼いただけているという事が何よりも嬉しかった。
「レディ、さぁ立って?名残惜しいけど今日はこの辺りで終わりにしよう。続きはまたの機会に…。」
殿下は母国語に切り替えると、私を扉口までエスコートしてくださった。その際、耳元でジェパニ語で『話を合わせて』と囁かれたので、頷く事で返事をする。
「ところで君の次の休みはいつだったかな?」
「明後日です殿下。」
外で待機している女官に聞かせる為かやや声高に話す殿下に合わせて私も大きめに返事をする。
「そうか、残念だな…。その日は公務が重なっていて、時間を取れそうもないんだ…。君には寂しい思いをさせる…。」
殿下の美しい手が私の右頬に添えられる。
これはきっと恋人っぽい雰囲気の返事をしないといけないのだろう。
どうしよう、恋人いた事ないからサッパリです!!
「私のような者に御心をくだいて下さるなんて、身に余る光栄です殿下…。」
「アナベル…。」
結局無難な回答しか出来ず視線を彷徨わせていると、悩ましげな吐息と共に殿下の顔が迫ってきて、避ける間もなく左頬に触れた唇がリップ音を立てて離れていく。
明らかに外に聞かせる為に行われたものだと分かっていても、顔が熱くなってしまう。
殿下は成功したイタズラを誇るようにウインクをひとつして、外への扉を開けた。
扉の外には思惑通り、すぐ近くに先程の女官が顔を赤くして控えていた。さらには殿下の護衛騎士達も居て、気まずそうに視線を逸らしていた。
あまりの気まずさに早口で殿下に辞去の挨拶をして素早くその場を離れた。
歩きながら火照った頬が冷めてくると同時に頭も冷静になる。
あれ?
よりによって妃選考会中に殿下とイチャつく女官てどうなの?いくら調査の一環といっても、変な噂が立ったら私お嫁に行けなくなるのでは…?
腹黒殿下の行動の真意が読めず、私は思わず廊下のど真ん中で頭を抱えそうになったのだった。
王子がしゃしゃり始めました。




