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タンクトップと重すぎる愛

 

 二日ほど降っていた雪が止み、暖かな太陽が顔を出した早朝。

 辺り一面真っ白の雪景色が広がっている……かと思いきや、何故か肌色面積が多い第一騎士団の詰所周辺。

 日頃鍛えた筋肉をここぞとばかりに活かして、第一騎士団員は総出で雪かきに勤しんでいた。


 ――タンクトップで。


 作業していると汗をかいてしまうからという、もっともらしい理由を掲げて嬉々として制服を脱ぎ捨てる筋肉達。


 ──ただ脱ぎたいだけではないか、というツッコミは最早使い古されて、口にする者は居ない。


 早朝からなんとも暑苦しい光景が広がる中、遠くの方から初老の女性を供に付けた令嬢が、何かを握り締めたまま一直線にこちらに向かってくるのを、視力の良いシリルは発見した。


「団長……あれって……」


 シリルが声を掛けると、やはりタンクトップ姿でスコップを雪に突き刺したアレックスは、シリルの凝視している方向を見て金の瞳を丸くした。


「ス、スズ様……なのか!?」


 アレックスが驚くのも当然。スズはフリルを沢山あしらったいつもの少女めいた可愛らしい装いではなく、マーメイドラインの大人びたドレスを着て、髪をアップスタイルに美しく結い上げていた。


 スズといえば地面につきそうなほど長く美しい黒髪が特徴的で、結い上げる事が難しく、いつも編み込みなどをしてアレンジするのが定番だった。それが一瞬別人かと思う程に大人びたレディに変身していたのだから、アレックスに限らずシリルも目を丸くして盛大に驚いていた。


『スズ様、アナタの髪はどうしましたか?』


 アレックスが慌てて駆け寄ってジェパニ語で声をかけると、スズは『タンクトップ……』と呟いて一瞬固まった。そして、目を閉じて深呼吸を始めた。

 困惑するアレックスをそのままに、何度か深呼吸を繰り返した後、パチリと目を開いて、手に握っていた封筒をおもむろに開いた。


 封筒の中身は便箋のようで、スズは頬をリンゴのように赤く染め、手紙を読み始めた。

 周囲で雪かきをしていたタンクトップ集団も続々と集まってきて、可愛らしい来訪者が何をするのか遠巻きに見物を始めた。


「アレックス様、通訳を通さずあなたに私の気持ちを伝えたくて、一生懸命この国の言葉を勉強しました。変な所もあるかもしれないけど、どうか聞いてください……!」


 スズはそこまで言うと、また大きく深呼吸をしてから、大きな声で一気に言った。


「私はアレックス様をお慕いしています!」


 早朝からいきなり始まった告白、しかも相手がアレックスという一大事。タンクトップ達は何処から発したのか分からない、思春期真っ只中の若い娘達のような黄色い悲鳴をあげた。


「知り合って一ヶ月にも満たないのに何故と思うかもしれませんが、恋に時間は関係ないと思うのです。いつも私を助けてくれるその強さや、辛い時に慰めてくれるその優しさ、太陽のように明るいその笑顔に心を奪われました! 時々おっちょこちょいな所も、その筋肉も、イケオジな所も、全部が好きです!」


 スズの言葉にアレックスは耳を赤くして盛大に動揺し、タンクトップ達は、青春の一ページのような初々しさにあてられて、筋肉をくねらせ身悶えた。


「私の願いは、アレックス様にも私を好きになって貰う事です。身分や年齢差、そういう社会的な価値観に囚われず、私を見て欲しいです。……本当だったらもっと沢山の時間を使って、私の事を知ってもらいたいのですが、私には時間がありません。何故なら、もうすぐ国に帰らなければならないからです。そして、帰ったらきっと政略結婚が待っています」


 政略結婚という言葉に、どよめきが起こる。


「そうだよな……皇女様だもんな……!」

「このまま帰したら男が廃るぜ団長!」

「スズ様頑張れー!」


 ギャラリーからの野太い応援に、スズは照れながら小さく手を振った。


「なんだ? あのカワイイ生き物は!?」

「団長は一生分の運を使い果たしたなコレ……!」


 ザワつく周囲をよそに、スズは再び手紙を読み始めた。


「私は、どこの誰かも分からない相手ではなく、私の好きになった人と結婚したいです。だから、アレックス様に好きになって貰えるように、一生をかけて頑張っていきますので、どうか私と結婚してください!」


 うおおおおぉ!!


 地鳴りかと思う程の歓喜の咆哮が、周囲を囲む筋肉の壁から発せられ、スズの乳母は驚いて腰を抜かしそうになっている。


「アレックス様は私の気持ちを、子供のままごとのように思っているかもしれませんが、私は本気です。その本気をこのスズ人形に籠めました。もし結婚してくださるなら受け取ってください!」


 スズは袋に入れて持っていた人形を取り出し、ズイとアレックスに差し出した。

 視力の良いシリルは、遠くからでもその人形が良く見えた。

 ジェパニの民族衣装を身につけ、スズに似せて作られたらしいその人形は、スズと同じく髪がとても長い。人形の首がもげそうになるほどの長さとボリューム。

 その髪は毛糸などではなくやけにリアルで──。


(っていうかアレもしかして、スズ様の切った髪の一部じゃないか……?)


 シリルは驚いて思わずスコップを取り落とした。

 隣のタンクトップの足にスコップが見事直撃して地味に痛がっていたが、そんな事は総スルーするほどに驚いた。


(いやいやいや、重い! 怖い! 東洋の国には確か、夜な夜な髪が伸びる呪いの人形があるって聞いた事があるけど、まさにそれじゃないか!?)


 案の定アレックスも謎の人形をどう扱っていいのか分からず、困惑しているようだった。


(そういえば最近スズ様が、乳母殿の部屋にこもってコソコソ何かやってるって聞いてたけど、もしかしなくてもあの人形を作ってたのか!)


 ここにきて判明した衝撃的なような、そうでもないような新事実に、シリルはごくりと唾を飲み込んだ。


「私は一度祖国に戻ります。この国で学んだ事を、国で待つ皆の為に活かしたいからです。だから、会えない間の私の代わりとして作りました!」


 必死に人形を差し出すスズを、アレックスは頭をワシワシと掻きながら無言で見つめている。


(団長、何か迷ったり必死で考えてる時、頭掻くクセあるからな……)


 帰国まで時間がないスズのアピールはあからさまで、スズがアレックスに好意を寄せている事は、薔薇の宮警備の団員達はもちろん、流石のうっかりアレックス本人も気付いているようだった。

 しかし、若い子が一時的に抱く憧れのようなものだろうと、誰も真剣には受け止めてはいなかった。


(まあ普通はそうだよな……。年もふた回り近く違うんだ。まさか本気だなんて思わないよな)


 ところがスズはこうして逆プロポーズにまで踏み切った。若さってスゴイ。


(((どうする!? 団長!?)))


 その場にいた誰もが、アレックスの決断を固唾を呑んで見守っていた。

 人形をなかなか受け取ってもらえず、スズが若干涙ぐんできたところで、堪忍袋の緒が切れたらしい乳母がズイと進み出た。


『お主! スズ様の決死の覚悟を受け取らぬつもりか!? 髪はおなごの命! ジェパニでは髪を切ることは、出家したも同然なのだぞ!』


 いつも穏やかにスズを見守っていた優しい乳母が、頭に角を生やさんばかりの勢いで怒鳴り始めたが、ジェパニ語の為アレックスは何を言われているのか分からない。


(これはマズイな……)


 今日は生憎バーソロミュー先生は非番。周りのタンクトップを見渡しても一番ジェパニ語が出来そうなのはシリルだった。

 周囲からもオマエナントカシロという無言の圧力を受け、シリルは腹をくくって紛争地帯へと足を向けた。


『スズ様はお主以外と結婚はせぬと決意を固めておるのだ! お主もウダウダ悩まずに、とっとと覚悟を決めぬか!』


 シリルは、ますますヒートアップする乳母と団長の間に割って入り、『落ち着いてください、通訳します』と乳母を宥めた。


「えーと、団長、ジェパニでは女性が髪を切る事は、出家する意味合いがあるそうです。この国でいったら修道院で神の花嫁になるって感じですかね。その決死の覚悟を受け取らない事に、乳母殿は怒っています」


 シリルがそう伝えると、アレックスは金の瞳を大きく見開いた。

 無理もない。シリルも驚いた。


「スズ様は団長以外とは結婚しないという強い意思をこの人形で示したのだから、お前もウダウダ悩まずにさっさと受け取れ、と乳母殿は仰っています」


 国が違えば文化も大違い。切った髪はすぐには戻らないのに、まさかこんな背水の陣で結婚の申し込みをする女性がいるとは思わなかった。

 でも、その潔さはキライじゃないなとシリルは思った。そしてきっとアレックスもそう思うハズだとシリルは確信していた。

 アレックスはまた頭を掻き、それから大きく深呼吸をすると、黄金色に輝く瞳をスズに向けた。


「……スズ様、俺はもういい歳のオジサンです。若くて可愛い貴女にはもっとお似合いの人が居ると思っています」


 シリルが通訳すると、乳母はまた怒りに顔を赤くし、スズはショックを受けたように青ざめた。


「でも、俺以外は嫌だと、貴女は大切な髪まで切ってくれた……。そこまで想ってくれるなら、俺はこの人形を受け取ろうと思います」


 そう言うと、照れたようにニッカリと笑って、スズに大きな手を差し出した。

 スズは頬を真っ赤に染めて、嬉しそう涙を零しながら人形を手渡した。



(受け取ったぁぁ!! スズ様の重すぎる愛を受け取ったぁぁぁ!!)



 シリルはつい心の中で叫んだ。


「スズ様! 団長! おめでとうございまーす!!」

「あの団長についに春がキター!!」

「う、羨ましくなんてないんだからねっ!!」


 人形がアレックスの手に渡り、スズの告白が成功した事を知ったタンクトップ集団は、思い思いに歓喜の言葉を叫び、互いに嬉しそうに肩を組み合って第一騎士団歌を歌い始めた。


 アレックスはずっしり重たい人形を片手に抱いて、膝をついてスズの手を取り、恭しくキスを落とした。


「スズ様、俺達一族はひとたび相手を決めたら二度と手放しません。逃げたいと言っても逃がしてあげられない。……本当に俺で大丈夫ですか?」


 シリルが小っ恥ずかしさに耐えて懸命に通訳すると、スズは耳まで真っ赤にしながらコクコクと可愛らしく頷いた。


「末永くよろしくお願いします!」


 スズが思わずアレックスに抱きつくと、アレックスは人形ごとスズを軽々と抱き上げ、沸き立つタンクトップ達に向けて二人で手を振った。


『もったいぶらずにさっさと受け取れば良かったのだ! というか、先に求婚してきたのはそちらだろうに……!』


 確かにそんなうっかりもやらかしてたなとシリルは苦笑したが、場の空気が壊れるので、乳母の愚痴は通訳しないでおく事にした。


(あーあ。俺も彼女欲しいなぁ……。ていうか、俺より若い子を姉さんて呼ぶのか……)


 言葉の壁も、年齢や身分の壁もぶち破って、新たに生まれた初々しいカップルを、シリルは少しくすぐったいような幸せな気持ちで眩しく見つめた。



 ――その後、スズ人形は団長の執務机に飾られ、団長室を訪れた外部の人間を一人残らずビクつかせた。更には、見るたびに少しずつ髪が伸びている気がすると噂になり、やがて王宮七不思議の仲間入りをする事になる──。


まさかこの二人がくっつくとか……書いた自分がビックリです。ウッカリ婚?

とにかくおめでとう団長!


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