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返礼の宴(1)

 

 薔薇の宮はかつてないほどの厳重な警備に護られながら、緊張の一夜を明かし、決戦の日を迎えた。


 着々とパーティーの準備が進められ、陽が傾きかけた頃、招待を受けた貴族達が薔薇の宮へと集まってきた。

 多くの貴族を招いた王宮での歓迎の宴と異なり、今回は滞在中にジェパニ側と交流のあった者のみを招待しているのだが、それでも百人をはるかに上回る規模となっている。

 鎖国派の妨害に怯えて縮こまっている訳にはいかないと、ナギ達は精力的に貴族たちとの交流を深めていたのだ。

 そんな招待客に加えてジェパニの随行員、そして大勢のスタッフ達。もしここで爆発が起きたら、多数の死傷者が出る事は確実だった。



 夕闇に紛れて、薔薇園を移動する三人の黒ずくめの男達が居た。

 彼らの役目は、パーティーが始まった後、持ってきた爆弾に火をつけて会場に投げ込む事。

 男達はパーティー会場になっている大広間がギリギリ目視できる、巡回も通らないだろう暗がりの植え込みの影に息を潜めて、パーティーの開始を待つ事にしたのだが──。


『俺達の縄張りで悪さしようなんて、いい度胸だな?』


 背後から聞こえた声に男達が振り返ると、いつの間にか現れた黒い制服の騎士達に囲まれていた。

 慌ててその場から逃げようとする男の腕を、ケインはあっという間にすごい力で捻りあげて地面に倒した。

 あとの二人もそれぞれザックとジェイドに拘束され身動きを封じられた。


『畜生! なんでこんなとこ巡回してんだよ!』


 拘束された男がヤケになって叫ぶと、ザックは得意気に笑った。


『俺達ぁジェパニ語検定三級保持者なんだよ! オマエらの喋ってる内容ダダ漏れだっつーの!』

『あれ……? ザックお前、三級落ちたって言ってたよな?』

『うるせぇ! 合格点まで二点足りなかったダケだから実質合格なんだよ!』

『いや、ダメだろソレ……』


 男は、呑気に漫才を始めるザックとジェイドを睨みながら昨日の事を思い出した。

 ジェパニの使用人になりすまして、仲間とこの庭の下見に来た時、確かに黒服の騎士が近くを巡回していた。ジェパニ語なら分からないだろうとタカをくくって潜伏場所候補や時間を打ち合わせした。

 だが──。


『念の為暗号を使ってたのに何で……』


 すると、ザックは片手で男の拘束を維持しながら、もう片方の手で恭しくバーソロミューを指し示した。


『このお方をどなたと心得る! ジェパニ語検定一級保持者のミュー先生なるぞ! 頭が高い! 控えおろう!』


 どこぞの国のご隠居様の如く、大仰に紹介されたバーソロミューは、静かに頷いて言った。


『言語さえ分かれば、暗号解読は容易い事だ』

『ヒュー! 先生カッコイイ! 今年の団内MVPはミュー先生で決まりだぜ!』

『いいから、さっさと縛って次行くぞ』


 バーソロミューは呆気にとられた男達から爆弾や武器を取り上げ、おどけたように囃し立てるザックを窘めた。


「新手への警戒は他の班に任せて、次の任務の準備だ」

「おう!」

「ドカンとぶちかましてやるぜ!」


 そうして、騒がしい猟犬達は移動を開始した。



 一方、薔薇の宮の大広間では、ナギの挨拶と共にパーティーが始まった。

 ジェパニからの返礼の宴という事もあり、ナギもスズも今日はジェパニの衣装を身に纏っている。

 テーブルの上にはジェパニから持ち込んだ酒や、宮廷料理を再現したオードブルが並び、オーケストラの代わりに、親善大使の随行員達が持参した琴や琵琶でジェパニの音楽を奏でている。

 招待客達はその珍しくも雅やかな音色に、興味深げに耳を傾けた。


 アナベルは、スズの元へ次々と挨拶に来る招待客の対応を手伝っていた。

 近くにはアレックスをはじめ、スズの為の護衛が配置されており、爆弾も全て撤去されたと聞いていたけれど、犯人が捕まっていない現状にアナベルの緊張と不安は極度に達していた。


 ふいに周囲の女性達の甘いざわめきが聞こえたかと思うと、ミッドナイトブルーの夜会服に身を包んだランスロットが颯爽と歩いてきた。

 ランスロットといえば白い近衛の制服のイメージが強く、いつもと違う艶めいた雰囲気にアナベルは脳内キャロルと共に見とれてしまった。


「ランスロット! 来てくれてありがとう!」


 スズが嬉しそうに出迎えると、ランスロットは優雅にお辞儀をした。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 スズと一通り挨拶を終えたランスロットが傍に来たので、アナベルは小声で話しかけた。


「ランス様、今日は制服ではないのですね? 夜会服も、その、とても素敵です……」


 思わずそんな事を言うと、ランスロットは驚いたように目を丸くして、照れたように笑った。


「ありがとう。夜は白い制服だと目立って動きにくいと思っただけなんだが、そんな風に言ってもらえて得をした気分だ」


 万が一の襲撃に備えて、招待客に交じって警備の任務に当たっているのだろう。しっかり帯剣しているランスロットの様子に、アナベルはさらに不安を募らせた。


(神様、どうか何事もなく無事にパーティーが終わりますように。ランス様が怪我などしませんように……)


 ランスロットが強い事は知っているが、やはり最前線で戦うのだと思うと心配になってしまう。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、ランスロットがアナベルの手を優しく握り、しっかりと頷いた。


「大丈夫。何があっても俺がベルを護るから」


 ――そんな事言われたら溶けるぅぅ!!


 脳内にこだまするキャロルの雄叫びに、アナベルは全力で首を縦に振りたくなった。


「ありがとうございます。でも、くれぐれもご無理はなさらないでくださいね……」


 願いを込めて新緑の瞳を見つめると、ランスロットは精神統一をするかのような深い深呼吸をしてから、笑顔で頷いた。

 ほんのわずかな会話。けれど、ランスロットのくれた言葉が、先ほどまでの不安をすっかり消してくれた。

 アナベルは気持ちを切り替えると、スズのサポートに戻った。



 厳重な警戒がされている成果か、特に何のトラブルもなくパーティーは順調に進んだ。

 月が高く昇りパーティーも終わりに近づく頃、余興でナギが琵琶を、スズが琴を奏でると、会場からは盛大な拍手が贈られた。


『お二人とも素晴らしい演奏でした!』

『スズすごい! 私、楽器なんて一つも出来ないよ〜! ナギ皇子もカッコよかったです!』


 アナベルとキャロルが手放しで褒めると、二人は嬉しそうに笑った。その時、近くに居た令嬢達が、聞こえよがしに言い合ってクスクスと笑う声が聞こえてきた。


「……顔だけが取り柄の田舎のご令嬢なんかより、皇女様の方が王子妃には相応しいのではなくて?」

「ルイス殿下は今からでも婚約を考え直した方がいいんじゃないかしらぁ……?」


 キャロルの身分を蔑んで、妬みを言う者は大分少なくなったとはいえまだ存在する。アナベルが今度こそ苦言を呈そうとすると、いつものようにキャロルが引き留めた。


「言わせておけばいいよ。気にしてないから……」


 キャロルがそう言い終わる前に、スズが長い髪と民族衣装を翻して令嬢達の前に立ち、睨みつけた。


「キャロル様は私の姉のような人です。侮辱は許さないです!」


 大陸公用語で喋ったスズに驚いた令嬢達は、慌てて謝って逃げていった。


『スズ、ありがとう……』


 キャロルが照れくさそうにお礼を言うと、スズも手にした扇をモジモジといじりながら呟いた。


『べ、勉強の成果も披露したかったし、先輩には色々お世話になりましたから……!』


 そんな二人のやり取りをアナベルとナギは微笑ましく見守った。


『スズにこんなに親しい友人が出来るなんて、ジェパニを出発した頃は想像もつかなかったなぁ……。大変だったが、この国に来て良かったよ』


 そう言ってナギは優しい兄の顔で嬉しそうに笑った。


『それもこれも、旅が大変でくじけそうになった私を、頑張ってここまで連れてきてくれたお兄様のお陰よ。……この前は、色々ひどい事言ってごめんなさい……』


 スズが上目遣いでおずおずと言うと、ナギはスズの頭を優しく撫でた。


『気にしてないよ……。むしろ、スズに言われなかったら気付けなかった事が沢山あったから、逆に感謝しているぐらいだ』


 ナギが怒っていないと分かって、スズはホッとしたように微笑んだ。


『スズ、よかったね! お兄様にも謝りたいって、ずっと言ってたもんね!』

『ちょ、先輩ってば恥ずかしいからバラさないでくださいよぉ~!』


 面映ゆい空気に耐えられなくなったのか、スズが急にお手洗いに行くと言い出した。


『あ、私も行く〜!』


 キャロルもそう言うので、アナベルもついて行く事にした。


 化粧室の手前でアレックスら護衛を待たせて、三人で中に入った。

 トイレは十個程の個室があり、一つが使用中になっているだけで後は空いていた。


『全体的に近世ヨーロッパ風だけど、こういうトイレとかお風呂とかは現代日本風になってて使いやすいから、この世界ホントありがたいよね〜』

『ですね〜! ジェパニもトイレは和式だけどちゃんと水洗なんですよ〜』


 そんな話をしながらキャロルとスズは空いている個室に入った。


 アナベルはその間に化粧を直そうと鏡の前に立って、忍ばせていた小さなポーチを取り出した。

 後方でドアの開く音と靴音がしたので、キャロルかスズのどちらかが出てきたのかと何気なく鏡を見ると、すぐ後ろに行方不明のはずのスオウが立っていた――。


ベルたん超逃げて!!(筋肉一同)

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