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女子会とバッドエンド(2)

 

『先輩、どうしよう……。バッドエンド思い出しちゃった……!』


 スズがぽつりと呟いたその不穏な言葉に、キャロルもアナベルも眉を顰めた。


『バッドエンド……? 続編の?』


 キャロルが尋ねると、スズは何度も首を縦に振った。


『ストーリーの最後、ジェパニ側がもてなしの返礼として薔薇の宮でパーティーを催すの。前作のデータ引き継ぎ版のハッピーエンドなら、その場で婚約者と婚約破棄イベントが起きて、駆けつけた攻略対象とのラブラブエンディング。でもバッドエンドだと、薔薇の宮で爆発が起きて炎上する……』


『爆発!? 炎上!?』


 余りにも物騒な単語に、キャロルもアナベルも揃って声を上げた。


『逃げ遅れた沢山の貴族が巻き添えになって、そうだ、王太子妃のアウローラ様も亡くなって……。その後、犯人はジェパニ人だって事が分かって、ブチ切れた王太子がジェパニに宣戦布告して、嫁がせた娘を殺されたイトゥリ王も参戦を表明して、たちまち戦争に突入しちゃうっていう……』


『それは、明日のパーティーという事ですよね……?』


 アナベルが念の為聞くと、スズは恐る恐る頷いた。


『明日って!! もう中止になんて出来ないし、どうすればいいの!?』

『とにかく、ルイス殿下に相談しましょう……!』


 頭を抱えるキャロルを宥めて、アナベル達は至急ルイスの元へ急いだ。

 ルイスは薔薇の宮にいて、人払いしたナギの居室でちょうど、明日のパーティーについて話していた所だった。

 パーティー会場に爆弾が仕掛けられているかもしれない事を、ゲームの話は上手く省略しながら伝えると、ルイスはしばらく目を瞑った。

 やがてそのサファイアを怜悧に煌めかせると、その場にいる全員を見渡した。


『僕とした事が、イヨを逮捕した事で気が緩んでいた。鎖国派の攻撃はまだ終わっていない。明日こそが本番だろう』


 ルイスはそう言うと、不安で怯えているスズの後ろに護衛として立つアレックスを見た。


「団長、宮殿内に爆発物が仕掛けられている可能性が高い。至急選抜隊を編成して、明日のパーティー開始までにひとつ残らず排除して欲しい」


「はっ! 早急に! パーティー会場の見取り図はありますでしょうか?」


『パーティーの準備はスオウが取り仕切っているから、持ってこさせよう』


 ナギがそう言って、外に控えているスオウを呼んだ。


 ところが──。


『スオウはパーティー会場の設営が心配だからと、様子を見に行っています。そろそろ戻ると思いますが……』


 同じく扉の外に控えていたハヤテがそう言うので、侍従を会場に行かせたのだが……。


『スオウ殿が何処にもいません……!』


 部屋に飛び込んで来るなり言った侍従の言葉に、ルイスは沈黙し、ナギは慌てて立ち上がった。


『なんだって!? もしかして鎖国派のスパイに拉致されたのか!?』

『アイツ、武芸はからっきしですから、充分有り得ます……! 至急捜索隊を!』


『その必要はありません……』


 ナギとハヤテが動揺しているのを、ルイスは努めて冷静に指摘した。


『スオウ殿はおそらく鎖国派のスパイです』


 ルイスの言葉に、ナギとハヤテは途端に険しい顔つきになった。


『ルイス殿下……根拠のない憶測で我等が同胞を疑わないで頂きたい』


 いつも柔和で周囲への気遣いを忘れないナギが、珍しく怒りを露わにしている。それだけスオウを信頼しているという事なのだと思うと、残酷な現実にアナベルは胸が痛んだ。


『根拠のない憶測ではありません。我々はあの火災の一件からずっとスオウ殿を疑っていました』


 ルイスは、スオウを疑うに至った点をひとつひとつ挙げていった。

 火災の日の不明確なアリバイ、箝口令を敷いたはずの頬に傷のあるジェパニ人の目撃情報を入手していた事、アナベルの港の商人に関する質問を通訳しなかった事……。


『そして何より、我々が全幅の信頼を置いている第一騎士団長が、火災の日スオウから火薬の匂いがしたと報告してきたからです』


 ルイスから名前を出されたアレックスは、一歩前へ進み出て敬礼をした。


「あの日、スズ様の護衛でナギ殿下の元を訪れた時、スオウ殿から火薬の匂いがしました。そして、ハヤテ殿からは沢山の香水の匂いが……」


 そう言うと、ハヤテは驚いたように目を見開いた。


『彼は並外れた五感の持ち主です。誘拐されかけた皇女様を発見出来たのも、皇女様の香の匂いを嗅ぎ分けての事。誘拐犯も、追跡用の匂い玉を用いて捕縛に成功しています。その他多くの実績から、我々は彼の嗅覚に厚い信頼を置いています』


 にわかには信じがたいという顔をしているナギとハヤテ。


『我々は香水の匂いというヒントを元に、港にある香水店に聞き込み調査を行いました。ハヤテ殿、貴方はあの日、三番通りの香水店にいましたね? 婚約者殿にお土産を選んでいたところ、香水の匂いに酔ってしまい、半刻程店で休んでいたと店員が証言しています』


『その通りです……』


 ハヤテにとっては恥ずかしい話だったのだろう、耳を赤くして渋々認めた。


『一方、スオウ殿の方ですが、ジェパニに販路がある商人を探し、そちらも聞き込み調査を行いました。スオウ殿と直接面会した商人は国外に出ていて話を聞けませんでしたが、その事務所にいた人間に聞くと、スオウ殿は直ぐに話を終えて裏口から出ていったらしい事が分かりました』


 そこまで聞くと、ナギはこめかみに手をやり、重い溜め息を吐いた。


『港の商人の所で火災を見たという、スオウの話と矛盾しているね……。頬に傷がある男の目撃情報も、今初めて聞いた。直接スオウに問い詰めたいが、何処に消えたというんだ……』


『おそらく、スパイである事がバレていると悟って身を隠したのでしょう。事件を起こすべく、明日のパーティー会場に必ず姿を現すはずです。ひとまず我々に今出来ることは、各々の警備強化と、爆発物の発見と除去です』


 ルイスはそう言うと、国王や王太子と対応を協議すべく席を立った。アレックスは交代の護衛が到着次第、爆発物の捜索に当たる事になった。



 しばらくして、第一騎士団生え抜きの五感に優れた猟犬達による、パーティー会場の捜索が始まった。


「ありました! コレですよね!?」


 シリルの声にアレックスが駆けつけると、軽食を乗せる予定の大きなテーブルの下に爆弾が取り付けられていた。


「団長ぉぉ! こっちにもありました!」


 花瓶の底、柱の隙間、飾りつけされたオブジェの中など、あらゆる所から次々と見つかる爆弾。何処かひとつ起爆すれば、火の広がりに応じて次々に爆発していく仕組みのようだった。


「これで全部だな」


「イトゥリの闇ギルドの帳簿に書かれている取引量からいっても、ほぼ全量でしょう。後は犯人が念の為持って逃げているだろう分が厄介ですね……」


 スオウの行方は依然として分からない。ミリオン伯爵邸を炎上させた一味と共に何処かに潜んで明日を待っているのだろう。

 アレックスは金の瞳を炯々と光らせ、猟犬達を見渡した。


「団員諸君、明日が正念場だ! 気合い入れて護りきるぞ!」

「「「うおぉぉぉぉっす!」」」


 空気がビリビリと振動するほどの大音声だいおんじょう

 猟犬達は牙を研ぎ、舌なめずりをして、縄張りに侵入してくる無謀な獣を待ち構えるのだった。


 ****


 一方その頃、国王の執務室では──。


「陛下、お願いがあります。明日休暇をください」


 とある封筒を片手にランスロットが満面の笑みで、国の最高権力者たる王にお願いという形の圧力をかけていた。


 封筒は、スズからランスロットへ宛てた返礼パーティーの招待状。ランスロットは、国王の護衛としてではなく、招待客としてパーティーに参加したいという事らしい。


「良いけど……。どのみちやる事一緒だろ?」


 国王は書類を繰る手を止めて、胡乱な目でランスロットを見た。


 明日のパーティーは鎖国派からの襲撃に遭う可能性がある。

 もちろん、そうならないように対策はしてあるが、いざとなれば、王の近衛として参加しても、招待客として参加しても、敵を鎮圧する事になるのだ。


「いいえ、大違いです。俺は、婚約者を最優先に護りたいんです」

「え、それ、主君である俺に堂々と言っちゃう? 言っちゃうの?」


 部屋の隅では警備に当たっている近衛が、喜劇のような二人のやり取りに噴き出して笑い、王に睨まれた。


 できたらアナベルには、返礼の宴などに行かずに安全な所にいてほしいとランスロットは思っていた。けれど、彼女はキャロルやスズの傍を絶対に離れないだろう。

 アナベルはそういう人だし、そんな彼女をランスロットは愛している。


(それなら、俺が護ればいい。アナベルが安心して仕事を全うできるように、あらゆる危険を排除すればいい)


「大切な人が危険な目に遭うかもしれないのに、仕事なんてしていられません。我慢するのはもう懲り懲りです。ちゃんと敵も鎮圧しますから、どうか彼女を傍で護る権利を下さい」


 真顔で訴えるランスロットに、王はやれやれといったように肩を竦めて笑った。


「是非そうしてくれ。アイリスも安心する」


「ありがとうございます! 慈悲深い我が太陽に心からの忠誠を誓います」


「別に二番目でかまわんぞ~」


 さっさと帰れと手を振る王に敬礼を返し、ランスロットは颯爽と踵を返した。


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