女子会とバッドエンド(1)
王宮のとある一室──。
【男子禁制】と書かれた張り紙が貼られ、近衛の女性騎士に警備されたその扉の向こうでは、二人の貴婦人が久しぶりの感動の再会を果たしていた。
「お久しぶりです王妃陛下」
「レヴィガータさん! 会えて嬉しいわ! コルセットの具合はどうかしら?」
ツンとすました様子のレヴィガータ・アンバー夫人を、満面の笑みで迎える王妃アイリス。
「ええ、悪くはないですね。お腹周りも暖かいですし……。ただ、夏になったら暑苦しくなるのでは?」
「今ちょうど、夏用の素材を検討して試作品を作ろうとしている所なの! 貴女に相談に乗っていただけると嬉しいわ!」
「王妃陛下のお望みとあらば、謹んで協力はさせて頂きますが……」
二人のそんな会話を聞いたスズはキャロルにこっそり耳打ちをした。
『なんだか温度差がスゴいですね……。ランスロットのお母様こわっ……』
『ランスロットのお母様ってツンデレ属性らしいの。そう思って見てれば大丈夫よ』
『あぁ……なるほど? そう言われると楽しみになってきました!』
そんな会話が当人達に聞こえはしないかと、アナベルはハラハラしながら挨拶の時を待っていた。
レヴィガータは続いてスズとキャロルとも挨拶をした後、アナベルに話しかけた。
「アナベルさん、今日はお招きありがとう」
「こちらこそ、お越しくださってありがとうございます。やはりお母様の意見もお聞きして決めたいと思いまして……」
「娘がいなくて、こういう事に縁はないと諦めていたから、いい経験になるわ」
素直に嬉しいと言えないレヴィガータは、つんとそっぽを向いたままそう言った。
今日はアナベルとキャロルがウエディングドレスの試着をする日。
二人のドレスは王妃が指揮をとって製作が進められていて、今日は実際にドレスを着てみて、細かい装飾の調整や、ドレスに合わせるベールやアクセサリー、ブーケ等の小物類の選定も行う予定なのだ。
王妃が、アンバー夫人も招いてはどうかと提案し、その話を聞いたスズが自分もドレスを見たいとおねだりし、今に至る。
「まあ、レヴィガータさんったら羨ましいわ! アナベルにお母様なんて呼ばれて! 私もそう呼んで欲しいわ……」
王妃が拗ねたように口を尖らせると、レヴィガータは呆れたように言った。
「貴女には王太子妃もキャロル様も居るのだから、もう充分ではなくて?」
「あら、娘は何人いても嬉しいに決まってるわ!」
「……まぁ、その点に関しては同感ですわね……」
そんな遣り取りをしつつ、ドレスの試着会が和やかに始まった。
『わぁ〜! 二人とも綺麗!』
それぞれのドレスに身を包み、更衣室から出てきたアナベルとキャロルに、スズは目を輝かせて歓声を上げた。
アナベルは市場に出回る中で最高級のシルクを使ったマーメイドラインのドレス。
体のラインが如実に分かるドレスは妖艶な印象を与えてしまいがちだが、首元から胸元、そして腕も美しいレースで隠してあるので全体的に清楚な雰囲気に纏まっている。
角度によってやや青みがかって見える特別なシルクの色合いと最高級の質感を、ドレープで美しく引き立たせたドレスの裾に、銀糸で艶やかに刺された刺繍は百合をモチーフにしたもの。
アナベルの美しい銀髪と相まって、まるで大輪の百合のような、元・高嶺の花である彼女に相応しいドレスだった。
「アナベル、綺麗だわ……。フリージア達に見せてあげたかった……」
「同感ですわ……」
亡き両親に思いを馳せてしんみりしている二人の母達に、アナベルは感謝の思いで胸がいっぱいになった。
「王妃様、いえ、アイリスお母様……両親を亡くして途方に暮れていた私達に救いの手を差し伸べてくださって、今もこんなに素晴らしいドレスを仕立ててくださり、ありがとうございます」
そう言って、目元を潤ませている王妃に微笑むと、今度はレヴィガータに視線を合わせた。
「レヴィガータお母様も、お母様がモリス男爵の事を調べてくださらなかったら、望まない結婚をさせられるところでした。助けてくださり、ありがとうございました。今の私があるのも、お母様達のお陰です」
アナベルが最大級の感謝を込めて王妃とレヴィガータに深々と腰を折ると、レヴィガータはツンと顔を背けながら目を瞬かせ、王妃はハンカチで目元を押えて、「もう! 本番前に泣かせないで頂戴!」と冗談めかして怒り、その場は笑いに包まれた。
キャロルのドレスは、王子妃という事もあり、天使のシルクが使われている。
天使のシルクは、特別な蚕から取れるという、ダイヤモンドを織り込んだかのような目映い煌めきを放つ糸で織られている高級品。
蚕の成育法も含めてその製法は全てが秘匿されており、王家の人間しか身につける事が出来ない至高の品物だ。
そのシルクを惜しげもなく贅沢に使い、可愛らしい印象のキャロルに合わせて、リボンやフリルをふんだんに使った、プリンセスラインの可憐なデザイン。
ドレスの後方は遥か彼方まで伸びるロングトレーン。
贅沢に広がる裾が、天使のシルク特有の宝石のような光沢をより魅力的に見せ、女の子の夢がこれでもかと詰まったドレスとなっていた。
「やっぱり天使のシルクの白さと輝きは格別ね。本当はアナベルのドレスも天使のシルクで仕立てたかったのだけれど、王族専用って規則のせいでダメだったの……。孫が結婚するまでには絶対にそんな規則撤廃してやるわ!」
アイリスが息を巻いて言うと、レヴィガータはアナベルのドレスをしげしげと眺めた。
「でもこの生地、【スカイ・コクーン】よね? 染めでは絶対に出せないこの不思議な空色。数千個にひとつ出来るか出来ないかの稀少な青い繭糸から織られるから、天使のシルクと同じくらい入手困難な代物だわ」
レヴィガータが驚いたように言うと、アイリスは満足気に頷いた。
「そうなの! アナベルの結婚が決まって直ぐに、あらゆるツテを使って買い占めたのよ! あぁ、ちゃんと正規ルートで入手したし、元手は私が事業で稼いだ個人資産よ?」
「……親バカね」
レヴィガータは呆れたように言うと、何故か嬉しそうにしているアイリスを放置して持参したジュエリーケースを開いた。
「そのドレスなら……このアクセサリーはどうかしら? 侯爵家に受け継がれている物だから、差し上げる事は出来ないのだけれど、特別にお貸しするわ」
レヴィガータが取り出したのは、大粒のアレキサンドライトがあしらわれたダイヤのネックレスとイヤリング。
侍女が着けてくれたそれは、レース越しの首筋にもジュエリー特有のひんやりとした感覚と、ずっしりとした重量感を伝えてくる。
「まぁ! アンバー侯爵家に受け継がれるアレキサンドライトと言ったら、国宝にも認定されているものでしょう!? ……レヴィガータさんも大抵親バカじゃないの?」
「べ、別に、花嫁は何か古い物と借りた物を身につければ幸せになれると言うから、ピッタリだと思っただけよ……! それにアンバー侯爵家の嫁となるのだから、これぐらい着けて当然ですわ!」
ニヨニヨと笑いながらつっこむ王妃にツンとそっぽを向くレヴィガータ。
『絵に書いたようなツンデレ……ご馳走様ですぅ』
『ツンデレって分かってないと、嫁姑問題に発展しそうよね〜』
スズとキャロルがジェパニ語で囁き合うのが聞こえたが、今自分の着けているジュエリーがとんでもなく高価なものだと知って、アナベルはおそろしく動揺していた。
「お母様、こんなに高価な物をお貸しくださるなんて……よろしいのでしょうか?」
アナベルがおずおずと聞くと、レヴィガータはまたツンとして言った。
「よろしくてよ? そのドレスに釣り合うジュエリーなんて、あとは王宮の宝物庫ぐらいにしかないでしょうから」
これを辞退したら、王妃が宝物庫を開きかねないと思ったアナベルは、このままありがたく借りる事にした。
「キャロルさんの方は、王室の伝統に則ったティアラとアクセサリーになるから、選ぶ面白みは余りなくてごめんなさいね? それも孫の代までには改善してみせるわ!」
「私はもう、こんな素敵なドレスを仕立てて頂いただけでお腹いっぱいです……!」
やはり重量級のダイヤがこれでもかと付いたティアラやジュエリーに身に着けたキャロルも、その価値に怯えて立っているのがやっとという状態だった。
『良いなぁ~! 私もいつかこんなドレスが着たいなぁ……』
スズが羨ましそうに溜め息をつくと、キャロルがニヤリと笑った。
『そんなスズは最近アレックス団長とイイ雰囲気じゃない〜?』
『あらあら、そうなの? 詳しく聞きたいわ』
「なんのお話ですの?」
たちまち顔を赤くしたスズを取り囲んで恋バナが始まり、アレックスとの出会いや、いかに彼が素敵かなど、恥ずかしそうに話すスズに次々と質問が飛ぶ。
危ないところを救ってくれたり、元気がないときに慰めてくれたアレックスに、スズはすっかり恋をしていた。
恋愛対象として見てくれていない様子のアレックスに必死でアピールを続けているが、やんわりかわされている状態だった。
『やっぱり、年の差がありすぎるから真剣に考えてくれないんですかね……』
スズのつぶやきに、皆唸ってしまった。
薔薇の宮を警備している第一騎士団員から情報収集したところ、アレックスは三十七歳。一方のスズはぴちぴちの十六歳。昔ならいざ知らず、昨今ではたとえ政略結婚でも、それほど歳の離れた結婚はそうそうない。
『そうね……。スズが本気なんだって分かってもらえるような証拠みたいなものがあればいいけど、気持ちを表す証拠なんて難しいよねぇ……』
『本気の証拠……。あれならもしかして……?』
キャロルのつぶやきに、スズは何かを考え始めた。
『なかなか結婚しないアレックスに辺境伯夫人はかなりヤキモキしているようだから、是非スズさんには頑張ってほしいわ』
王妃の激励に、スズは元気よく頷いた。
『明日の返礼パーティーが終わればいよいよ帰国も間近になるので、それまでにアレックス様に気持ちを伝えられるよう、この国の言葉を勉強中なんです!』
「自分を高めようとする姿勢が前向きで良いと思いますわ」
『頑張ってスズさん! 応援してるわよ!』
女が集まると姦しいとはよく言ったもので、ドレスの小物をあれこれ選びつつ、恋の話や、最近流行しているファッションや、美味しいと評判の菓子の事など、色々な話に花を咲かせた。
「遅くなって申し訳ありません、皆様にご挨拶申し上げます」
続きの間から入ってきて挨拶をしたのは、王太子妃アウローラ。
王妃がドレスの試着会に誘っていたが、どうしても外せない公務があり、終わり次第駆けつける約束をしていたのだった。
アウローラはウエディングドレス姿の二人を見るや、両手で顔を覆って座り込んでしまったので、皆慌てて駆け寄った。
「アウローラ様! 大丈夫ですか!?」
「立ちくらみですか!?」
身重のアウローラに何かあっては大変だと、部屋中に緊張が走る。
そんな周囲の空気をよそに、アウローラは絞り出すように声を発した。
「うぅ……お二人とも大っ変お美しいです……! 眩しくて眩しくて目が眩みそうですぅ!」
「いつものアウローラさんね、安心したわ」
「これが通常……? 大丈夫なんですの……?」
ホッとしたように笑う王妃の発言に眉を顰めるレヴィガータ。
『濃ゆいですねぇ……王太子妃様』
『ゲームで一切出なかった理由は、モブにするにはキャラが濃すぎるから説浮上ね』
『んー、でも、王太子妃って何処かに出てきた気もするんですよね……いつだったかなぁ?』
スズは何かを思い出そうと首を傾げて考え始めた。
その間にアナベルはアウローラに手を貸して立ち上がらせた。
「アウローラ様、大丈夫ですか?」
アウローラはアナベルを見て、おっとりと微笑んだ。
「アナベルさん! そのドレスとても良くお似合いです……! 三秒以上凝視したら溶けてしまいそうな程に輝いていますよ……!」
(そういえばアウローラ様は眩しいモノ(?)が苦手だったのよね……。眩しくて申し訳ありませんと謝ればいいのかしら……?)
そんな事を考えながら、クッションをこんもり盛った席にアウローラを誘導した。
その後、アウローラも交えて更に賑やかになる女子会──もとい、ドレスの試着会は無事終わり、次の予定があるレヴィガータは帰って行った。
アナベル達はウエディングドレスから着替え、そのままティータイムを過ごしていると、アウローラが改まって王妃に申し出た。
「陛下、人払いをお願い致します」
王妃の合図で、使用人達は一斉に下がっていった。
「せっかくの楽しいお時間を中断してしまい申し訳ありません……。ですが、皆様に至急お伝えしたい事があるのです」
――アウローラは先程、母国であるイトゥリからの使者と王太子ヘリオの謁見に同席していたという。
使者の話では、イトゥリで長年手を焼いていた闇ギルドの摘発に成功したらしい。
密輸等の裏取引に関する帳簿も押収し調べを進めていた所、不穏な内容を見つけたという。
近年イトゥリで発明された破壊力が非常に高い火薬。それを使った爆弾が闇ギルドから、ジェパニへ流れた事が分かったのだ。
「この内容は今、ヘリオ様からナギ皇子殿下にも伝えられていると思います。帳簿に載っていた購入者の名前もお伝えしていますが、おそらく偽名。実際の購入者には辿り着けないでしょう」
アウローラが沈痛な面持ちで語ると、王妃はこめかみに手をやり苦々しく呟いた。
「まさか……この前のミリオン伯爵邸の火災は……」
「火の回りが異様に早かった点、火災現場から逃げるジェパニ人の目撃情報、更には爆発音のようなものを聞いたという情報も寄せられていることから、イトゥリの爆弾が使われた可能性が高いかと……」
その場の誰もが息を飲んだ。
「犯人は依然として捕まっていませんし、取引された爆弾の量から考えると、不穏分子がまだ爆弾を持ったまま何処かに潜伏している可能性が高いです。そして、親善大使様達の滞在中にまた何か仕掛けてくる可能性が高いと……」
『ひどい! 一体誰がそんな……! しかも爆弾なんて! ……え、爆弾?』
顔を青くしたスズはそう呟くと、何事かを考え始めた。
その様子を労しげに見たアウローラは、その場にいる全員を見渡した。
「こんな事をか弱い淑女の皆様にお伝えすべきか迷ったのですが、親善大使様達と親交の深い皆様ですから、きちんと現状を把握すべきと考えました」
「アウローラ、情報ありがとう。陛下達と相談して、薔薇の宮の警備を強化しつつ、市中の捜索も急がせましょう。貴女達も、護衛の傍から離れないようにね」
王妃の言葉に皆が頷く中、スズは頭を抱えたまま微動だにしなかった。
話の内容が過激すぎてショックを受けてしまったのだろうと、スズを気遣ってティータイムはそのまま終了した。
スズを部屋まで送ったキャロルとアナベルは、まだ放心状態にあるスズをソファーに座らせて、改めて声をかけた。
『スズ、大丈夫?』
キャロルがスズの目の前で手を振ると、スズは漆黒の瞳だけをゆっくりと動かしてキャロルを見た。
『先輩、どうしよう……。バッドエンド思い出しちゃった……!』