表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/69

かかあ天下と疑惑の人物

 

 勤務中に倒れた後、二日しっかり休んで体調不良から回復したアナベルは、朝スズの元へ行く前にルイスから呼び出しをうけた。


(おそらくミリオン伯爵邸の火災の件よね……)


 ミリオン伯爵と誘拐犯が捕縛された翌日、突然伯爵邸に火の手が上がり、消火活動も虚しく屋敷が全焼してしまったという。日中の火災だった為、逃げ遅れた人はおらず、幸い死傷者は出なかった。

 屋敷の裏手から一挙に燃え広がったという目撃情報から、おそらく放火だろうと、王宮内はその話題で持ち切りだったと侍女が教えてくれた。


(よりによって誘拐事件に関わっているミリオン伯の屋敷が放火されるなんて……。まだ何か問題があるという事なのかしら……)


 ルイスの元へ行く準備をしながら、アナベルがそんな事を考えて不安になっていると、侍女が来客を案内してきた。


「おはよう、ベル。体調は大丈夫か?」

「おはようございます、ランス様。もうすっかり良くなりました」


 倒れてから毎日お見舞いに来てくれていたランスロットも、同じくルイスに呼び出されたという事で、わざわざ部屋まで迎えに来てくれたのだ。


 アナベルを助けたせいで、ランスロットはスズの護衛を外され、しかも三ヶ月の減給処分になってしまった。


 ――「ベルを助けた事は全く後悔していない。むしろ処分が軽くて戸惑っているくらいだ」


 おそらく人命救助が理由だった事と、ジェパニ側から情状酌量の申し出があったのだろうと、ランスロットはそう言って納得していたが、アナベルはやはり申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 しかも、スズが大変な目に遭っていた時に、ランスロットと仲直りをして想いを確かめ合い、幸せに浸っていたのだから、いよいよ身の置き所がなくなってしまった。



 アナベルとランスロットがルイスの執務室へ入室すると、キャロルが嬉しそうにアナベルに抱きついた。


「ベル! 元気になって良かったぁぁ!」

「キャロル様、ご心配をおかけしました……。 お見舞いにも来て下さってありがとうございました」


 キャロルも連日、アナベルのお見舞いに訪れていた。

 アナベルの体調が落ち着いた昨日、誘拐事件の事や、その犯人達とミリオン伯爵が逮捕された事等をこっそりと教えてくれていたのだった。


「スズ様のお加減は良くなったのでしょうか……?」


 スズは睡眠薬を飲んだだけで他に異常はなかったので、次の日には回復したそうだが、どこか塞ぎ込んだように元気がなかったと、キャロルが心配そうに話していたので気になっていたのだ。


「元気は元気なんだけど、いつもの調子じゃないっていうか……。ルイス様の話になっても、いつもみたく喧嘩にならないんだよね」


 なんだかんだ恒例となっている、スズとの口喧嘩を楽しんでいるキャロルは、肩を落としてしょんぼりとした。


「怖い思いをされたのですから、しばらくは気落ちしてしまっても仕方ないのかもしれませんね……。何かスズ様の元気が出るようなイベントを一緒に考えてみましょうか」

「それ良いね! スズは何が好きかな? 冬だしピクニックは寒いかぁ……」


「キャロル、その話は後にして、そろそろ本題に入ってもいいかな?」


 執務室のソファーに座って、クスクスと笑っているルイスに、アナベルとランスロットは揃って挨拶をした。


「ルイス殿下にご挨拶申し上げます。先日はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 二人が床に膝を着こうとすると、キャロルが直ぐにアナベルとランスロットの腕を掴んで立たせた。


「ベル達は悪くない! 諸悪の根源はルイス様なんだから……!」


 キャロルはぷっくりと頬を膨らませてルイスを睨みつけた。


「キャロルの言う通りだ。今日はアナベルとランスロットに謝りたくて来てもらったんだ」


 胸に手を当てて立ち上がったルイスの様子に、アナベルは目を瞬かせた。


「正直な所、皇女様の視線が煩わしくてね……。キャロルも嫉妬するから何とかしたいと思って、ついランスロットを護衛に付けてしまったんだ。誰か他の《イケメン》を近くに配置したら、僕から気が逸れるんじゃないかなと思ってね。もちろん、実力的にもランスが適任ではあったけれど、そのせいでアナベルがストレスで体調を崩すことになって申し訳なかった」


 そう言って頭を下げたルイスに、アナベルは慌てて答えた。


「頭をお上げください! 体調を崩したのは、自己管理が甘かったせいです! それに今回の事でランスロット様との絆が深まりましたので……その……かえって良かったと思っております……」


 後半恥ずかしげに喋るアナベルがちらりとランスロットを見ると、ランスロットも甘い笑みを浮かべて頷いている。

 そんな幸せオーラ全開の二人の様子を確認して、ルイスは嬉しそうにキャロルを見た。


「ほら! アナベル達は許してくれたよ! これでもう婚約破棄するなんて言わないよね?」


 自分が倒れてしまったせいで、まさかそんな物騒な話になっているとは思わず、アナベルは無表情を維持しつつも動揺してしまった。

 一方のキャロルはまだ腕組みをして頬を膨らませていた。


「アナベルがマジ天使で良かったですね! いくら私の為でも、アナベルと、ついでにランスロットに辛い思いをさせるのはやめてください! 次やったら、結婚してても離婚です!」

「俺はついでか……」


 ジト目でキャロルにつっこむランスロットをよそに、ルイスは悲しそうな顔をしてキャロルの手を握った。


「分かったよ。もうしない。今度はちゃんと事前に相談するから、許して……?」

「だから、その顔は反則ですって! ルイス様ってば絶対分かってやってるでしょ!?」


 必死でキャロルの機嫌をとるルイスの姿に、アナベルは今度こそ驚きで表情を崩しそうになった。


(驚いた……。すっかりキャロル様の方がお強くなって……。こういうのを確かキャロル語で《かかあ天下》って言うのよね……)


 そんな事を考えてアナベルがひとりで納得していると、ようやく話し合いという名のイチャイチャが終わったらしい二人に勧められて、ソファーに腰を落ち着けた。


「わざわざ君達に来てもらったのはね、ちゃんと謝りたかったのもあるんだけれど、ジェパニの方々には聞かれたくない情報を得たからなんだ。……ミリオン伯爵邸が全焼したという話は既に聞いているよね?」


 アナベル達がこくりと頷くと、ルイスはソファーから身を乗り出して真面目な顔で話し始めた。


「誘拐犯達の事情聴取の内容から、皇女様誘拐事件に関する証拠や、ジェパニ側の黒幕を特定する資料が伯爵邸にあると判断して、家宅捜索の準備をしていた所だった。ところが今回の火災で全てが焼失してしまった」


 アナベルはゴクリと唾を飲み込んだ。


「……証拠隠滅の為に伯爵邸は放火された可能性が高いという事ですね」


 すでに答えを確信しているかのようなランスロットの言葉に、ルイスはプラチナブロンドの髪を揺らしてゆっくり頷いた。


「その通り。今回捕縛した者達の中に親善大使の随行員がいた。我々はその者がスパイだと思っていたのだけれど、こうして火災が起きた。……つまりは、まだ他にスパイがいる。そして、証拠隠滅の為に貴族の屋敷を平気で焼き討ちにするような輩が、何処かに潜伏しているという事だ」


(犯人が捕まって、これでもう大丈夫と思っていたのに……)


 またスズやナギが狙われるかもしれないと知って、アナベルは不安になってしまった。

「さっき言った、ジェパニの方々には聞かれたくない情報というのはね、警備隊からのとある目撃情報なんだ……」


 ミリオン伯爵邸の火災は日中に起きた為、多くの目撃者がいた。

 その中で、消火活動にあたった街の警備隊員から、火災現場から逃げるジェパニ人らしき人物を見たという目撃情報が寄せられたのだという。


「その逃げたジェパニ人は、頬に傷があったらしい……」

「それは……!」


 頬に傷。

 そう言われて思い浮かぶ人物はただ一人。


 ──ナギの側近、ハヤテ。


「まさか……! 彼はナギ殿下の乳兄弟であり、側近中の側近です」


 アナベルは思わず首を横に振って否定した。

 ナギと常に共にいるハヤテ。知り合って間もないが、二人の間にはとても深い絆があり、特にナギはハヤテに全幅の信頼を寄せている事が、言葉や態度の端々から推察できる。

 ハヤテがナギを裏切るはずがない。アナベルはそう思った。


「俺も、ハヤテ殿が逆心を抱いているとは思えません」


 スズの護衛としてハヤテとも接する機会の多かったランスロットもハヤテを擁護する。


「そうは言っても、腹の中で何を考えているかは本人にしか分からない。そういった目撃情報がある限り、僕達は彼を警戒すべきだ」


 ルイスの言葉に、二人は渋々頷いた。


「それにね、どうやら事件当日ハヤテは外出していたらしいんだ」

「そんな……!」


 ハヤテを疑わざるを得ない情報ばかりが浮かび上がってきて、その場の全員が押し黙った。


(本当にハヤテ殿が放火を……?)


「あれだけ王宮内で話題になってしまったから、ミリオン伯爵邸が燃えた件は、おそらくジェパニサイドにも伝わっている。ハヤテが火災の日に何をしていたのか知りたいが、僕が改まって聞けば彼の事を疑っていると知られてしまう可能性が高い」


 そこまで言って、ルイスはアナベルをじっと見つめた。


(この流れ……嫌な予感しかしない……)


 無表情でルイスを見つめ返しながらも、アナベルの脳内では、キャロルが砂浜にせっせとフラグなるものを立てていた。


「だからアナベルに頼みたいんだ。君は誘拐事件の日に倒れて以来久しぶりの出勤だから、不在の間の事を教えて欲しいと言っても不自然じゃないだろう?」


 ──やっぱりぃぃ!?


 そう叫びながら砂浜に飛び込み、立てたばかりのフラグを華麗に回収する脳内キャロルに、アナベルはヤケクソ気味に拍手を贈った。


「かしこまりました……。上手く出来るかは分かりませんが、やってみます……」


 アナベルが溜め息を押し殺してそう言うと、ルイスは満足気に微笑んだ。


「ありがとう。ちょうど今日は皇女様とナギ皇子が一緒にティータイムを過ごすと聞いているから、その時にでも頼むよ」

「私、今日は王子妃教育の日でスズの所に行けないの……! 無理しないで、可能な限りでいいからね!」


 アナベルにくっつくようにして座っていたキャロルが、アナベルの腕をぎゅっと握って心配そうに励ました。


(どうしてこんな事に……。普通の女官としてのお仕事がしたい……)


 復帰したばかりなのに、早くも心的ストレスでまた具合が悪くなりそうだった……。




 スズの元へ出勤すると、ランスロットの代わりに第一騎士団長のアレックスが側に控えていた。

 アレックスとは孤児院慰問の護衛をしてくれた時、何度か顔を合わせたことがあるので、会釈を交わしあった。


『アナベル! 無事で良かった! もう具合は大丈夫なの!?』


 アナベルを見るなりスズは嬉しそうに駆け寄った。


「その節はご心配とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした……。スズ様もご無事で何よりでした」


 イヨに通訳してもらいそう言うと、スズは何故か頬をほんのり染めて、アレックスの方を見た。


『ええ、その、アレックスが助けてくれて、無事だったの……』


 スズと目が合ったアレックスがニッカリと笑うと、スズはさらに赤くなった頬を手でパタパタと扇ぎながら、焦ったようにアナベルを見た。


『そ、そういえば、ちょうど今からお兄様とお茶をするの! お兄様、アナベルの事をとても心配していたから、元気な顔を見せてあげて!』


(いけない、気持ちを切り替えて……! 今日の最重要任務だわ……!)


 スズに誘われて、アナベルは戦場に赴く心境でナギの元へ向かった。


「お助けキャラも楽じゃない1」発売日は5月29日ですが、明日23日からピッコマさんで通常版が先行配信されるそうです。初回限定SSと電子版用に書き下ろしたSSも収録されているとの事。

電子SS……文字数制限がないという事で、かなりはっちゃけました☆

天使の渚亭での彼らの様子が気になる方は是非……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ