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他者(テンション高い脳筋)視点
「よう、ザック!朝早くからご機嫌だな!」
「あ、分かるぅ?なんせ今日は天使とデートの日だからよ!」
すれ違った夜勤明けの同僚に声をかけられ、俺は満面の笑みで答えてやった。
「くそ!羨ましいぞ!オレにも早く順番回って来ねぇかなぁ〜!おい、ちゃんと報告書回覧しろよな!な!な!?」
同僚はものすごい力で肩を叩いた挙句、しつこく念押ししてから去っていった。くそ、肩当の上からでも痛えってどんだけ馬鹿力だよ!
しかしそんな痛みも俺の気分を害する事はない。
スキップしたい衝動を抑えて、あえて騎士らしく歩く。
この角を曲がれば集合場所の南門。痛みなんてすっ飛ぶ幸せが俺を待っている。
なぜなら今日は…
「おはようございます。今日はエーカー殿とスミス殿が護衛してくださるんですね。お手数ですが宜しく頼みますね。」
俺の天使ベルたんと護衛の日なのだ!!(もう一人同僚が付いてくるが。)
「おはようございますガードナー伯爵令嬢様。このザック・エーカーが今日一日しっかり護衛を務めさせていただきます。」
俺も居るんだけどなと白ける同僚のジェイドを尻目に、鏡の前で練習した最大限にカッコよく見える騎士の礼をしてから、いそいそとベルたんを馬車へエスコートした。
ベルたんこと、アナベル・ガードナー伯爵令嬢は、俺たち第一騎士団の天使である。
「無表情で一見冷たそうなのに実は優しい良い子とかナニソレ萌える」
「平民上がりの騎士でも差別せず名前まで覚えてくれるマジ天使」
「子供達に向ける笑顔をいつか自分にも向けさせたい」
「とにかくもう嫁に来てくれ切実に」
こういった理由でファンが増え、月一回の彼女の孤児院慰問の護衛役の志願者は履いて捨てて薙ぎ払ってもどこからかワラワラと湧き出してキリがない。
当初は護衛の座をかけて勝ち抜き剣術トーナメントやら、ジャンケン勝負やらしていたが、何回も護衛をする者と、一度も機会に恵まれない者と差が酷くなっていた。
このままだと何度も機会のある奴がベルたんと親しくなってしまって、万が一恋仲になどなりでもしやがったら…!!
そんな危機感からか、いつしか皆平等の当番制になった。順番が回ってくるまで恐ろしく長いが…。
その為、当番に当たったものは、しっかりベルたんを護衛しつつ、親交を深めるべく頑張る。その中で得た情報は護衛任務報告書とは別に、【天使と書いてベルたんと読むの会】会報として全員に回覧する事になっている。
それを見て順番待ちする野郎共はベルたん成分を少し補給するのだ。
南の孤児院まで馬車で約三時間。
道中は天使の乗った馬車の前後を騎馬で走る。当たり前だがこの間は休憩以外は姿を見る事も喋る事も出来ない。
パレード用の屋根なしの馬車で走ってくれればベルたんの美貌を拝みながら楽しく護衛が出来るのにと何度思った事か。
思っただけでなく実際に要望書を出したが却下された。
ちくしょう。
そんなこんなで孤児院に着くと、子供達がわらわらと集まってきて歓迎してくれる。孤児院にいる間は、普段無表情なベルたんの貴重な笑顔が拝めて最高に役得な時間だ。
いつかこの笑顔を俺に向けてほしい…。
これは団員の総意である。
南の孤児院があるこの街は、郊外ではあるが比較的栄えていて自警団もしっかり機能しているので滞在中の護衛はさほど必要がない。
ベルたんはいつも俺たちに街での休憩を勧めてくれるが、そんな事をしていたらベルたんと親睦が深められないではないか!という訳で、「任務時間中ですから。」とやんわりお断りする。
ベルたんは『任務』という言葉に弱いことが、過去の会報の統計から判明している。
本人がとても真面目なので、『任務』と言われると、それを邪魔してはならないという気持ちが働くようなのだ。
だから昼食も孤児院の質素な食事では足りなかろうと、街の食堂を勧めてくれるが、一分一秒でも傍に居たい俺達は「任務中ですから。」と爽やかな笑顔でお断りする。するとベルたんの眉が申し訳なさそうに僅かに下がるが、それ以上は何も言わないのだ。
直立不動で萌える。
そんな事をどの団員もしていたら、なんと!ある時からベルたんが!お手製の!お菓子を!俺達にくれるようになったのだ!!
もともと、子供達の為に作ってきていたが、それを多めに作って俺達の腹の足しにと分けてくれるようになったのだ!マジ天使!!
最初にお菓子を貰うことになった団員はしばらく自慢しまくり、嫉妬と怨嗟の的だったものだが、ベルたんが毎回誰にでも作ってきてくれると分かってからは同情的な目で見られるようになった。憐れ。
余談だが、ベルたんは『家訓』という言葉にも弱い。
ベルたんに良く思われたい一心で、孤児院の壊れた扉を直すという明らかに任務の範疇を越えた親切を働こうとした団員が、
「壊れた物を見たら直せというのが我が家の家訓なので。」
という非常に苦しい言い分でベルたんを黙らせたという回覧が回った時は各所でザワついた。
恐らくベルたんは早くに両親を亡くしているから、家族の決まり事というものに憧れがあるのではないだろうかという注釈に男泣きする野郎が多数。もちろん俺も泣いた。
そんな訳で、ベルたんの仕事振りを間近で拝見し、手伝える事があれば魔法の言葉『任務』と『家訓』を駆使してどんどん手伝う。
一緒に昼食を食べ、ベルたんが小さな子供達と遊んでいる様を横目に見て癒されながら、やんちゃ坊主達を腕にぶら下げてグルグル回して遊んでやったり。ベルたんのジェパニ語の講義を一緒に聞いて勉強してみたり。日暮れ前まで楽しい時間を過ごす。
私ごときに護衛など勿体ないと、申し訳なさそうな気配を漂わせるベルたんだが、常に子供達の笑い声が絶えない孤児院での時間は俺達にとっても実りのある充実した時間なのだ。
どれをとっても北の孤児院とは大違い




