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仲直り


「脱水症状、貧血、それから栄養失調ですね。搬送が早かったお陰で大事に至らずに済みましたよ」


 医師の言葉を聞いて、ランスロットはベッドの横の椅子で安堵の溜め息を吐いた。


 先程まで辛そうにしていたアナベルは、未だに顔色は悪いものの、今は点滴を受けて健やかな眠りの中にいる。

 状態からみて、ここしばらく食事もまともに摂っていないのではないかと医者は言う。

 そこまで思いつめてしまっていたのかと、ランスロットは自責の念に駆られた。キャロルに再三言われた通り、もっと早く二人で話し合うべきだったのだ。


 医師は点滴が終わる頃にまた来ると部屋を出ていき、ランスロットはアナベルの白くて華奢な手をそっと握った。


 惚れたのはランスロットの方で、せっせとアプローチした結果プロポーズに頷いてくれたアナベル。

 結婚してもいいと思う位には好きでいてくれていると思っているが、普段あまり表情が動かない人なので、その気持ちを測りかねていた。


 だから、業務上必要だから仕方ないと分かっていても、ナギと親密な様子でいるのを見て、ランスロットは焦りを覚えた。

 ナギは美形な上に女性への接し方も上手い。アナベルの事を気に入っているようだし、もし彼女が自分の事よりナギの方を好きになってしまったらどうしたらいいのか。

 そんな風に考えて不安になって、ついアナベルに釘を刺すような事を言ってしまった。


 アナベルは自分が不貞を疑われていると思ったようで、『婚約破棄もやむを得ない事として受け容れます』なんて言葉まで飛び出した。


(違う、そうじゃない……!)


 誤解を解きたくて話す機会を窺うものの、アナベルはそれとなくランスロットを避けているし、ランスロットもまた、いざ話し合うにしても何をどう言ったらいいのか分からず、より悪化する可能性を恐れて一歩踏み出せずにいた。


 もうこのまま何も無かったかのように過ごしていけば、半年後には結婚出来るのだからそれでも良いかと狡い事を考えていたら、こんな事になってしまって酷く後悔していた。


「ん……」


 伏せられていた睫毛が持ち上がり、アメジストの瞳が病室の灯りを受けて煌めく。


「ベル……目が覚めたか?」


 ぼんやり天井を見ていたアナベルは声に反応してランスロットを見た。


「ランス様……?」


 いつも通りの愛称を呼ぶ声を聞いて、ランスロットは握っていたアナベルの手を自身の額に当てて安堵の溜め息を吐く。


「良かった……すごく心配した」

「申し訳ありません……」

「いや、ベルに酷いことを言った俺が悪いんだ。そのせいで悩ませてしまって……本当にすまない。……自分に自信がなくて、ついナギ皇子に嫉妬してしまったんだ」


 心の内を言葉にするのはすごく恥ずかしかったが、言わないとまた誤解やすれ違いが起きるかもしれない。

 アナベルの手の温もりに勇気を貰って、ランスロットは正直に話す事にした。


「プロポーズを受けてくれたけど、ベルはどれくらい俺の事を好きでいてくれるのか分からなかったし、そんな時ナギ皇子と親しげにするベルを見て、ひどく焦ってしまったんだ」


 そこでランスロットは言葉を詰まらせ、恥ずかしさを隠すために目を逸らした。


「……俺はナギ皇子のように気の利いた事もあまり言えないし、武骨だからあんな風に優雅な雰囲気は到底出せない。……もし俺よりナギ皇子の事を好きになってしまったらどうしようかと不安だったんだ」


 そんなランスロットの告白を聞いて、アナベル驚いたようには目を丸くして、ぽつりと呟いた。


「私から見たら、こんなにも完璧で素敵な人はいないと思うのに、そんなランス様でも他人に劣等感を抱いたり、不安になってしまうのですね……」


 繋いだ手が優しく握り返された。


「ランスロット様がそんな風に思っていて下さったなんて、私ちっとも分からなくて……。私こそ不安にさせてしまってごめんなさい……」


 アナベルは、少し躊躇いを見せた後、血色の悪かった頬をほんのり染めてバツが悪そうに呟いた。


「実は私も……スズ様に嫉妬していたんです。任務だから仕方ないと分かっていても、スズ様の近くで笑っているランス様を見るのが辛くて……。だから、ランス様にナギ殿下の事を言われた時、仕事としてやっている事を疑われた事も悲しかったけど、自分だってスズ様と仲良くしているクセにって思って、婚約破棄になっても仕方ないなんて……心にもない事を言ってしまいました」


 アナベルの告白を聞いて、ランスロットは思わず前髪をくしゃりと握りしめて笑った。


「そうだったのか……。不謹慎だけど、ベルが嫉妬してくれたと分かって嬉しい……。俺達は似たような事で悩んでいたんだな……」


 アナベルは頷いて、小さな溜め息を吐いた。


「キャロル様に何度も、ランス様とちゃんと話し合った方がいいと言われたのに、勇気が出なくて……。うじうじ悩んで先延ばしにした挙句、こんな風に体調を崩して迷惑をかけてしまいました……。本当にごめんなさい……」


 独断で任務を放棄したランスロットは何らかの処罰を受ける事になるだろう。最悪、近衛隊を解任される事もランスロットは覚悟していた。

 しかしあの時動かずに、もしアナベルを失っていたとしたら……。キャロル達の言っていた通り、死んで生まれ変わっても後悔する事になっただろう。

 それを考えれば、自分のキャリアなど、これからどうにでもなる。


 歓迎の舞踏会の時も、今回アナベルが倒れた時も、護りたい人を最優先で護れない事がこんなにも辛く、もどかしいのだという事を思い知った。

 親から継承した爵位と領地に頼りきるつもりはないが、もし近衛隊を辞めることになったら、領地経営に専念して、アナベルと領地で穏やかな時間を過ごすのも良いかもしれないとまで妄想を膨らませた。


「大丈夫だよ。どんな事になっても、お互いが元気なら何とかなるさ」


 ランスロットがそう言ってアナベルの頭を優しく撫でると、アナベルはゆっくりと起き上がった。


 まだ横になっていた方がいいのではと心配になるが、繋いでいる手をぎゅっと握られ、その美しい瞳にまっすぐ見つめられて何も言えなくなった。


「ランス様、私がお慕いしているのは、今も、これからも……ずっと貴方だけです」


 ランスロットは驚きに目を見開いた。

 まさかアナベルからこんなに直接的な言葉を貰えるとは思っていなかったから、頬から耳にかけて急激に熱が集まった。


「周りから真面目すぎると言われているのは知っていますし、私自身もそう思います。適度に気を抜くことが出来たら良いとは思うのですが、上手くいきません……」


 ランスロットはふっと笑った。


 想いが通じる前からアナベルを見てきて、真面目すぎる事は知っていたし、そういう所が良いとも思っていた。

 とても現金な話だが、アナベルの気持ちが聞けてランスロットの胸の中にずっと居座っていた漠然とした不安も、ナギへの嫉妬心も、あっさり溶けてなくなっていった。

 アナベルも自分を想ってくれている。そう思うと、心に余裕が生まれた。


「そういう真面目なベルに惚れたんだ。だから、無理に変わろうとする必要はない。寄って来る男達に嫉妬するなというのは無理だが、ベルの気持ちを知る事が出来たから、これからは少し余裕を持って見守る事が出来そうだよ」


 ランスロットの言葉に、アナベルは頬を染めて瞳を潤ませた。


「私も……これからもきっとランス様の近くにいる女性に嫉妬してしまうと思いますけど、嫌いにならないでくださいね……?」


(俺の婚約者が可愛すぎる……!)


 高まって溢れた熱い感情が言葉になって零れ、体を動かす。


「今もこれからもずっと……愛するのはベルだけだ」


 アナベルの気持ちが追いつくのを待つつもりで、ずっと保ってきた適切な距離。それをゼロにしたいと伝える為に、白く滑らかな頬にそっと触れて、可憐に色づいた唇を親指の腹で優しく撫でる。


 顔を近づけて、その先を乞うように瞳を覗き込むと、銀色の優美な睫毛が恥ずかしげに震えて、期待に潤んだアメジストをゆっくり覆い隠していく。

 それが合図となって、ランスロットはゆっくり距離を縮めた。


 想いを確かめあった二人は、そうして初めての口づけを交わした──。




 口づけの余韻で心ここに在らずのアナベルをベッドに寝かせて、乱れた髪を整えるランスロット。もう少し触れ合っていたいと思ったが、倒れたばかりの彼女に無理をさせる訳にはいかないと我慢した。


(お互いの気持ちは通じたのだから、これから機会はいくらでもある……)


 そんな事を考えていると、アナベルがぽつりと呟いた。


「ランス様がお傍を離れてしまってスズ様は大丈夫でしょうか? キャロル様もルイス殿下と合流出来たかしら……」


(流石、ドレスを着て歩く真面目さんだ……)


 こちらはまだ仕事の事など考える余地もないほど脳内花畑だったのに、早くも余韻から抜け出して仕える相手の事を心配している婚約者に、ランスロットは苦笑した。


「今は何も気にせずゆっくり休むんだ。そんな調子じゃ俺はスズ様達にも妬いてしまいそうになる……」


 耳元でそう囁かれたアナベルは、恥ずかしそうに頬を染めて小さく頷いた。


 その後、目元を赤くしたキャロルが飛び込んでくるまでの僅かな時間を、恋人達は満ち足りた気持ちで過ごしたのだった。


仲直りおめでとう回でした!


書いた自分が言うのもアレなんですが、鈴木雅之さんの「違う、そうじゃない」が脳内再生されたという同志の方がいらっしゃったら是非ご一報ください。

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