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後悔転生前に立たず

 

 ランスロットとアナベルの仲がギクシャクし始めて一週間ほど経ったある日、スズの部屋でお茶をしていたキャロルは頬をぷっくりと膨らませてアナベルとランスロットを睨んでいた。


 明らかに何かあったらしい二人を心配して、アナベルに事情を聞いたのだが、「何でもないです」の一点張りで何があったのか分からず心配していた。


(きっとナギ皇子が何かとベルに話しかけたりするから、ランスロットがヤキモチ焼いちゃってるんだろうけど……。二人とも言葉が足りないのよ……!)


 幸か不幸か職場が一緒の二人だから、仲直りの機会なんて山ほどあるハズなのに、運が悪い事にシフトが噛み合わない。

 ようやく同じ勤務時間帯になった日も、職務中は一切無駄口を叩かない真面目な二人。


 ランスロットにもアナベルにも、とにかくちゃんと話し合うべきと何度も言ったのに、未だ何も進展がなく、そうこうするうちに時間が経ちすぎて、お互い話が切り出しにくくなって今に至っているようだった。


 アナベルは一見いつも通りの無表情で淡々と仕事をこなしているように見えるが、実際はすごく疲れているのではないか。きっとひとりで色々考えこんでしまって、ストレスが溜まっているのだとキャロルは予想していた。


 早く二人に話をする機会を持たせたいと思って、アナベルとランスロットが日勤の今日、キャロルはスズの所に来て一緒にお茶をしたりして過ごした。スズも交えて二人にも色々話題を振って、何とか会話の糸口を作ろうという努力も虚しく、真面目カップルが口をきくことはないまま、日が傾き始めた。


 今日はルイスと一緒に夕食を食べる約束をしていて、そろそろ迎えに来る頃だと諦めかけていたら、ベルが急に蹲った。


「ベル! 大丈夫!?」

「大……丈夫です。……ちょっと目眩がしただけで……」


 ランスロットと駆け寄って二人で体を支える。手を握ると、体は熱いのに触った手は不自然に冷たい。アナベルは眉根を寄せて目を瞑り、座っているのも辛そうな状態だった。


「全然大丈夫に見えないよ!? ランスロット! ベルを早くお医者さんの所に連れて行ってあげて!」


 キャロルが叫ぶと、ランスロットは何かを迷う様に瞳を揺らして唇をかみしめている。


「……平気です。ひとりで行けます。ランス様がここを離れると、スズ様の護衛が居なくなってしまいますから……」


 そう言って立ち上がろうとしてまた座り込んでしまうアナベル。

 スズの護衛任務中のランスロットに迷惑はかけられないと言い張るアナベルに、キャロルは呆れてしまった。


(本っ当にこの人達はこんな時にも仕事、仕事って! もっと自分を大事にしてもバチ当たらないんじゃないの!? よく見ると手も震えてるし、早く医者に診てもらわないとヤバいんじゃないかな……!?)


「そんなこと言って歩けそうにもないじゃない! 医務室まで遠いし、急病人! しかも婚約者が倒れたんだよ? 外には警備の騎士も巡回してるんだし、ちょっとくらい離れたって怒られないよ!」


『私、ちゃんと部屋の中で大人しくしてるから、早くアナベルをお医者様の所へ連れて行ってあげて!』


 スズも援護射撃するが、弱々しく首を横に振るアナベル。


「どうにかして代わりの護衛を……」と険しい顔で呟くランスロット。さっきまできっちり整っていた髪は、その葛藤を表すように乱れている。


 ランスロットも本当は今すぐ医務室に行きたいのだ。でも、そう簡単に国賓の警護を放り出すわけにはいかない。出入りする人間が限られている薔薇の宮ということもあり、ランスロットひとりしか配置されていない事があだになっていた。


(だけど今アナベルを救えるのはランスロットしかいないのよ!)


 キャロルは身を乗り出した。


「代わりの護衛がいればいいのね!? なら私が直ぐにルイス様の所に言って借りてくるから! それならいいでしょ!? ……それでもダメって言うなら、ナギ皇子を呼んできてベルを運んでもらう事にする!!」


 キャロルは、ランスロットを焚きつける為にナギの名前を出した。ナギが原因で二人がぎくしゃくしているなら、絶対に効果があると思ったのだ。


「だってナギ皇子の方がベルの事を大事にしてくれそうだもの!」


 とどめとばかりにキャロルがそう言うと、ランスロットは怒りを押し殺したような低い声を出してキャロルを睨んだ。


「何でそうなる……! 俺だって今すぐベルを連れて行きたいと思っているが、そう簡単には動けないんだ!」


(怒ったランスロットなんて初めて見たけど、怖くないんだからね!)


 キャロルは負けじと精一杯眉を吊り上げて、ランスロットを睨み返した。


「遠い国のことわざで『後悔、転生前に立たず』ってのがあるの! その時その瞬間に動くのを躊躇って、死んで転生してから後悔しても遅いんだから!」


『……んー、ちょっと私が知ってることわざと違うけど、そっちの方が分かりみが深いですね……。ランスロット、私もキャロル先輩と同意見です! 私もお兄様に遣いを出して護衛を手配してもらいますので、直ぐにベルを連れて行ってあげてください!』


『私がナギ殿下の所に行きます!』


 スズの言葉を受けてイヨが素早く手を挙げて立候補した。


 アナベルは意識が朦朧としているようで焦点が合わず、一刻も早い診察が必要だと感じた。

 キャロルは懇願するようにランスロットの新緑の瞳を一心に見つめた。


「ランスロットお願いだよ……。いくら世の中が平和でも、急に大切な人と二度と会えなくなる事もあるって、私達は知ってるの。ベルとランスロットにそんな風になって欲しくないんだよ……」


 危険な状態のアナベルを見たからか、キャロルは前世での死の記憶が蘇った。


(そうだ……アタシは駅の階段で足を滑らせて……)


 キャロルは思わず顔を手で覆った。


(アタシが急にいなくなって、家族はどう思っただろう? あの日は遅刻すれすれで慌てて家を出たから『行ってきます』もちゃんと言えなかった……。戦争も何もない平和な日本でまさか明日が来ないなんて一ミクロンも思ってなかったもん。あんな事になるなら、もっとパパとママとお姉ちゃんに大好きだよって、ありがとうって伝えればよかった……)


 キャロルの目から涙があふれた。

 スズもきっと前世の事を思い出したのだろう、鼻をすする音が聞こえる。

 そんなキャロルの想いが伝わったのか、ランスロットはひとつ頷くと、アナベルを横抱きにして立ち上がった。


「……ランス様、申し訳、ありません……」

「大丈夫だ。今は何よりもベルの体が大事だ」


 うわ言のように謝るアナベルに、ランスロットは安心させるように優しく微笑む。


「では、代わりの護衛が来るまで各自、皇女様とキャロル様の安全を最優先に考えた行動をお願いします。我々が出て行った後は必ず施錠をして、知らない人間は絶対に中に入れないでください」


 ランスロットは真面目な騎士の顔に戻りそう指示すると、スズに向かって頭を下げた。


「皇女殿下、我が婚約者に格別なご配慮を賜り感謝致します」


 そう言うと、ランスロットはアナベルを大事そうに抱えて颯爽と部屋を出ていった。

 細身の女性とはいえ、大の大人を抱えてあんなに早く動けるなんて、流石は騎士様だとキャロルは束の間見惚れた。


『では私もナギ殿下の元へ行って参ります。御前失礼致します』


 イヨも一礼して部屋を出ていく。


(私もこうしちゃいられない! ランスロットが怒られないように、急いで代わりの護衛を連れてこなきゃ!)


『じゃあ私もダッシュでルイスの所に行って護衛の人を借りてくるね! スズ、ベルの為に協力してくれてありがとう! ちょっと待っててね!』


 そう言ってキャロルはひとり部屋を飛び出した。ランスロットとベルの仲直り大作戦の為に余計な人間を少なくしようと考えて、ここに来る時に付いていた護衛をルイスの元へ帰していたからだ。


(こんなことになるなら護衛の人にいてもらえば良かったよぉぉ! でも、薔薇の宮は警備もしっかりしてるってルイスも言ってたから、大丈夫に決まってる!)


 今頃こちらに向かっているだろうルイスの進路を予測して、キャロルは急いで王宮を目指した。


『ちょ! 先輩も王子の婚約者なんだから独りで出歩くのはマズイでしょ!? お前たち、キャロル様について行って! 私は大丈夫だから! 隣の部屋にばぁやも居るし!』


 スズは慌てて侍女達にそう指示してキャロルの後を追わせた。



 ――慌ただしかった室内が一挙に静かになった。


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